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恋愛小説「ヘヴンズDream」10

悪魔に憑かれる覚えなはい2

 歩道を歩いている人物に釘付けになる。再びガラスを拭く振りをしつつ、彼を目で追い続けた。ニット帽に真っ赤なブルゾンとジーンズ。確実に見覚えのある隼人のスタイルだった。

 どうしてこんなところに?

 よく観察すると、隼人は隣で歩いている誰かに話しかけているように見えた。こちらからは彼の影になって姿が見えにくいその相手が、わずかに足を止めて彼の斜め後ろの位置に立つ。その時、わたしの身体に衝撃が走った。一緒に居るのは、ふわふわとした長い髪の小柄な女性だと分かったからだ。

 見るな!!

 心の中で自分自身に叫んだが、瞳が真実を見たがっているのか、目が離せない。
 隼人の隣の小さな女性が佐智だと確認してしまうまで、ほんの数秒もかからなかった。火が付いたように身体中に燃え広がる憎しみ。嫉妬。痛み。

  絶対、許さない!!!

 咄嗟に冷静さをなくし、雑巾を放り出して店を飛び出した。
 怒りに取りつかれたように走り出し、信号を渡って佐智を捕まえると、彼女の髪を引っつかんで、思いきり地面に倒して引きずり回す。
 …つもりだった。
 だが、その願望は想像に終わる。なぜなら二人に気付いた次の瞬間には、店のトイレに駆け込まなければいけない事態になっていたからだ。

「水木さん? 大丈夫か!?」

 トイレにすごい勢いで駆け込んだわたしを見たマスターが、慌てた様子でドアの外から声をかけてきた。

「すみません…。少し気分が…。でも、すぐ出ますから…」

 わざと消え入りそうな声を出したわたしは、トイレの中で便器の前に立ったまま呆然と固まっていた。
 心臓がバクバクし、冷や汗が流れてくる。

  どういうこと? 夢じゃなかった?

 狭い個室の中で身動きがとれず、なんとか上体を倒して便座の蓋を下げ、無理やりに身体を一回転させるとその上に腰を下ろす。

 もしかしたら、この今の状態がまた夢?

 両目の端に映る黒い物体。わたしの身体から出てきたそれが、トイレの壁と壁の間に挟まって簡単には動きがとれないのだ。手を伸ばして、その物体に触れてみると、生あたたかく、しかも感覚がある。
 佐智と隼人を見た直後、数日前のあの悪夢と同じ血の騒ぎを感じた。そして数秒後には激烈な痛みを覚え、すぐさまトイレに駆け込んだのだった。
 今が夢でないことは分かっている。だが、あまりにも現実離れしすぎた出来事に、この状態を受け入れられない。わたしはわずかな期待を持って、おもむろに頭に手を乗せたが、そこにはしっかりとした角らしき物体が2本あった。

 こんなことって…。夢じゃなかったんだ…。

 現実なのか夢なのか混乱する頭を落ち着かせるように、何も考えず数分間目を閉じたが、現状は全く変わることはなく悪魔の印の翼と角と尻尾は、がっちりと生えていた。

 悪魔野郎…!!!

 彼が夢から覚めたら夢でなくなると言ったのは、こういうことだったのか?
 でも、何の意味が?わたしに悪魔のコスプレをさせて、何の意味があるのだろう。とにかく、ここから出なければ。

 無意識にポケットに入れていたスマホを取り出したが、悪魔の印が生えてきたという現実離れした話を、誰に相談すればいいのだろう。追い詰められた気分で角の生えた頭を抱え、腰を前にかがめて膝の上に両肘を付いた。

 どうしろっての!

 便座の上に座ったまま、自分自身に起こっている現実をどう対処するべきか、ありとあらゆる方法を血の気の引いた頭で悶々と考え続けていた。このまま閉じこもるべきなのか、それともコスプレをしたようにみせかけて出ていくべきなのか、それとも…。

「あ…れ」

 ふと、自分の抱えていた頭の角が小さくなっていることに気付く。
 背中の翼も、目の端に入らない程に小さくなっていた。時間の経過とともに少しずつ小さくなるコスプレグッズ達。その悪魔の3点セットは、十分後には最初から存在しなかったかのようにすっかり消えてしまっていた。
 背中や腰に手を回して何度も確認したが、ついさっきまで身体から突き出していた3つのセットは跡形もなく消えていた。

 え? 翼はどうやって生えてたんだろう? 服の上から生える? というか、わたし、病んでる? 幻を見た?

 自分の身に起こったことが理解できないまま、トイレからふらつきながらも何とか外に出ると、カウンターから心配そうな表情を向けてきたマスターと目が合う。

「大丈夫かい??」

「…マスター、今、ここは現実の空間ですよね?」

 つい、彼にとっては意味が全く分からないであろうことを質問してしまった。

「え? 水木さん、本当に大丈夫? 今日はもう帰りなさい」

 一層心配そうな表情を深めたマスターは、グラスに水を入れて渡してくれる。「ありがとうございます」と、グラスを受け取って一息で水を飲み干した。
 その冷たさに冷静な感覚が戻り現実感が涌きはじめたが、今度はまたすぐに悪魔のコスプレ状態に変貌してしまわないだろうかという恐怖心に襲われはじめた。

「すみません、じゃあ、早退させてもらいます」

 わたしは早口でそう言うと、逃げるように更衣室に入ってエプロンをはずし、急ぎ足で店から外に出た。