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恋愛小説「ヘヴンズDream」11

悪魔に憑かれる覚えなはい3

 「ローマン」から家に帰る間、一時も生きた心地がしなかった。いつ、どんな拍子に自分が悪魔コスプレに変わってしまうか想像がつかなかったからだ。大勢の人の前で変貌してしまったら?わたしはどこかの研究所行きになって、バラバラに刻まれてしまうかもしれない。
 家に着いて小さな門を開けて玄関に入り、1階のリビングにいた母に声もかけず、すぐに2階の自分の部屋に駆け込んだ。
 力尽きたようにベッドの上に突っ伏し、混乱し続ける頭の中を一つずつ整理しようとしたが現実離れした出来事は少しもまとまりようがない。
「ローマン」から偶然見てしまった佐智と隼人への怒りなど、すっかり頭から消え去っていた。

 絶対、ありえない…。

 起き上がって、ベッドの上に浅く座り床を見つめる。

「どういうこと?」

 つい、独り言をこぼした。
 わたし、悪魔になってしまった? まさか…ね。

 あまりにも滑稽過ぎる出来事に乾いた笑いが込み上げてくる。力なく笑い終えると、翼と角と尻尾が生えた時のことを詳細に思い出してみた。この非現実な出来事を現実に結びつけられるヒントを必死に探してみる。悪魔の3点セットでコスプレ状態になったのは佐智と隼人の姿を見た後すぐのことで、あの時は強烈な怒りで頭に血が昇り興奮状態だったことを思い出した。

 感情的になったから? 興奮したから悪魔になった? 

「そんなことない、よね…」

  そんな馬鹿げたことなんてあり得ない。あれは幻。もしかしたら、わたしは心の病気になってしまったのかもしれない。

 あ、そっか、失恋のショックに心が耐えられなかったんだ! そうに違いない!

 そう考えればこの奇妙な現象の辻褄が合うのだ。こんなにオカルト的な現象は、現実には絶対に起こらない。これは一種の心の病気だと悟ったわたしは、ともかく精神科系の病院に行かなくてはと、急いで立ち上がって鞄を持ち部屋のドアに向かった。

「どこに行く?」

 誰もいない筈の部屋に突如どこかで聞き覚えがある声が響く。
 驚いたわたしは一瞬動きを止めたが、気のせいだろうと軽く首をかしげてドアを開けた。

「現実から目を逸らすのか?」

 再びはっきりと聞こえてきたその声が幻聴ではないと察すると、小さなため息をつきドアを閉めて振り返った。

「ご機嫌、いかがかな」

 にっと笑ってベッドの前のソファに座っていたのは、夢の中に出てきたあの悪魔だった。
 相変わらず、見た目は普通の人間とそう変わらない出立ちだ。普通なら、ここで飛び上がって驚くくらいのリアクションをしたほうがいいのだろうが、何故かそういう気分になれなかった。

「…」

 わたしは黙ったまま、さっきまで座っていたベッドの位置に戻って腰をかけ、前の悪魔と対面する。
 相手があまりに人間らしい姿のせいだろうか、その空間に違和感はなく慌てず落ち着きはらっている自分がいた。

「今のこの空間は、わたしの夢の中? それともわたしの幻覚?」

 早速、一番知りたい疑問を投げてみた。

「残念ながらどちらでもない。確実に現実。受け入れることだ」

 ソファにどっぷりと身を預けて腕組みをしている彼は、こともなげにわたしを一言で落胆させる。

「それなら…これが現実なら、今起こっていることは誰かの悪戯? あなたが急に現れたり、わたしが気持ちの悪いコスプレ状態になるのは、すごく巧妙な悪戯ってこと?」

「いや、悪戯じゃない。君は、悪魔の3点セットを手に入れたんだ」

「…ちょっと待って。冗談はやめて。ほんとに頭の中がぐちゃぐちゃなんだから。一体、わたしが何をしたって言うの? わたしを惑わせてワケの分からないコスプレさせて、何の目的があって、どうしたいっての?」

 こんがらがる頭で、沸々と涌いてきた怒りを押し殺して、悪魔を睨み付けた。

「だから、俺はただ、悪意に引き寄せられただけだ。君の宮田佐智への悪意にね。で、俺を引き寄せた人間には3点セットを貸すってルールになってるんだ」

 ふんっと、鼻で笑ってそう言った彼は、音もなく立ち上がった。

「ルール? 何の? マジ、意味分かんない。とにかく、この状態を何とかして。二度とあんなものがわたしから出てこないようにして!」

「無理だ。あのセットは消せない。君の宮田佐智への悪意が消えたら、セットは自然に消滅するってルールなんだ」

 やたらとルールだということを強調する彼。
 一体、ルールとは何なのだろう。目の前の、つい先日夢に出てきた悪魔はわたしの前でやたらと自然に人間ぽく存在しているが、まさか本物の悪魔ではないだろう。

 一体、何者? マジシャン? 催眠術師?

 彼はポケットに入れていた煙草を取り出してくわえると、部屋の中をうろうろしはじめた。煙草という、あまりに人間ぽく俗ぽい物を持っているところに、やはり悪魔のイメージは全くない。

「それから、あの3点セットは君が激しい憎しみや悪意を感じた時に現れる。まあ、あのセットは、使い慣れりゃ空も飛べるし便利なんだけどな…」

「なにそれ…よく分からないんですけど」

 奇妙な悪魔に憑かれて、奇妙なコスプレを押し付けられるような事をした覚えはない。
 目の前の悪魔もどきが、悪意に引き寄せられて来たなんてあり得ない。確かに佐智には地獄に堕としてやりたい程の憎しみを感じていたが、それがこの部屋をうろついている不審な男と何の関係があるというのだ。きっと、何かの悪戯に決まっている。

「全然分からない。なんのトリック? 誰のトリック? なんであんたの言いなりになんなきゃいけないの!? あの気味悪いセットと一緒に消えてよ!!」

 少し感情的になったわたしのつんざくような声に、悪魔もどきは冷たく刺すような視線を向けてきた。