にほんブログ村 小説ブログ 人気ブログランキングへ

恋愛小説「ヘヴンズDream」12

悪魔に憑かれる覚えなはい4

 その瞳には、ぞっとするような苛立ちが見える。人間のように見える彼は本当に悪魔なのかもしれない。そう思うと恐怖を覚え、両手を強く握って身構えた。

「ったく、あんたの部屋、ライターも置いてないのか?」

 彼はイライラさ全開で、舌打ちしながら髪をかきあげた。

「…ライターって…」

 わたしは、彼がライターを見つけられなくてイライラしていたのだと知り拍子抜けすると、キーホルダに付けてあったトイライターを鞄の中から出して渡した。

「あっ、めずらしい、おもちゃライターじゃん」

 彼は楽しそうにトイライターを擦って煙草に火を付ける。
 全てが今時の男子ぽい反応をする彼は、やはり人間にしか見えない。

「ねえ、あなたマジに何者? マジシャンとか? …まさか、ホントの悪魔じゃないんでしょ?」

 その質問に、彼は煙草を吸いながら、は?と、わたしを小馬鹿にしたような顔つきをしたが、煙をゆっくり吐くとにやっと笑って一言呟いた。

「天使だ」

「…あ?」

 わたしの思考は一瞬凍結状態になった。
 天使? 何? 一体、彼は何を言っているのだろう。というより、今起こっている事柄自体が全ておかしい。夢からはじまった超非現実、いや、現実の中の夢の部分?

「また現実か夢なのか分からなくなっているのか。残念ながら何度も言うように、これは現実だ。それから、俺は人間でも悪魔でもなく天使。君が夢で見た悪魔の俺は、象徴として分かりやすいように見せただけだ」

 そう言って困ったように笑った彼は、軽やかに宙を舞うようなステップでわたしの隣に座った。

「俺が天使ってこと、今、冷静に見れば分かるだろ?」

 悪魔は、わたしの顔を覗き込む。
 その整った顔がほんのすぐ近くにあった。長い睫毛の下にある甘く揺れる憂いある瞳に見入ってしまう。それでなくとも混乱し放題だったわたしは、悪魔の甘美な誘惑に取り込まれないように、咄嗟に座ったまま数十センチ横に除けた。

「ばっか。取って喰ったりしない。俺をよく見てみろって」

 呆れたように肩をすくめて両手を広げた彼を、言われるがままにマジマジと観察する。

 確かに…。

 夢に出てきた彼と、今目の前にいる彼は、見た目は同じだが『色』が全く違っていた。髪の色、目の色、そして服の色。夢の中では全てが重い黒色だったが、ここでは栗色の髪と薄茶の瞳、そして白いセーターという爽やかな装いだった。何より首に付けたペンダントが、逆十字から十字になっていた。

「だろ?」

「…まあ、ソトヅラだけは…。見た目は天使ぽいかも…」

 わたしは渋々納得したように見せた。
 だが、天使だと言われてもどうしてもピンとこない。彼が天使だとして、百歩譲ってそれを信じたとして、エンジェルが何の理由でわたしを惑わせるのだろう。

「あの夢での俺の悪魔の姿は、人間に3点セットを貸す時によりリアルさを出すためのものだ」

 彼は煙草を深く吸って、ゆっくりと吐き出した。

「まあ、俺達が天使か悪魔かなんて人間の価値観だけだし、どうでもいいんだけどな…」

 だるそうにそう言うと手を延ばし、テーブルの上に置いてあった花瓶の中に吸い殻をポトリと落とした。

「ちょっと! 天使かなにか知らないけれど、煙草を吸う時の常識って知らないの? マナーが悪すぎる!」

 わたしは彼の非常識さに憤慨した。
 彼が灰皿として使ったのは、わたしの大切にしている花瓶だったのだ。あろうことか、それを当たり前のように灰皿として使ったのだ。
 彼は、激怒するわたしをちらりと見て、慌てた様子もなくすっと立ち上がった。

「元彼にもらったしょぼい花瓶なんか、捨てちゃいな。また嫌なこと思い出して、コスプレ状態になるぞ」

 小声で呟きからかうように見下ろしてくると、天使はにやりと笑う。

 悪魔!!

 天使なんかじゃない。確実に悪魔だ。わたしは頭に血が昇るのを感じた。

「最低! 悪魔! あんたがホントに天使なら、わたしを元に戻してよ!」

「無理だ」

 わたしの絶叫など聞き入れる隙もないように、冷たく一蹴してくる。

「無理って…なら、わたしはどうすればいいのよっ! あんな悪魔のコスプレ、絶対にイヤなんだからっ!」

 部屋のドアとは逆方向のバルコニーへと向かって歩いていく彼に、わたしは立ち上がって言葉を投げつけた。
 悪魔もどきは足を止めてゆっくりと振り返り、悪戯っ子のように、笑みを含んだ視線を向けてきた。

「だからぁ、はやくいい子になればいいってこと。さっさと宮田佐智と仲直りするんだな。それから俺の名前は“セイ“だから。当分は君と関わることになるんで、よろしく」

 ふふっと、勝ち誇ったように笑った顔があまりにも腹立たしく、苛立ちのピークが到来してティッシュの箱を彼の背中に投げ付けた。
 当たった! と思った瞬間、彼の姿は霧のように消え、ティッシュは空を切って床に落ちる。そのありえない様子を目の当たりにしても、これは夢でも幻でもないと実感させられていた。部屋の花瓶に残された煙草の吸い殻と、特徴のある甘い煙の香りが、全て現実であることを物語っていたのだ。

 セイ? 何が天使よ! 本当に天使という存在だなら、わたしを苦しめるはずがないじゃない!

 あの男が、天使だろうが悪魔だろうが人間だろうが、わたしには関係のないことだ。
 ただ、あの薄気味悪い3つのセットでコスプレ状態になることだけは、二度としたくはなかった。