にほんブログ村 小説ブログ 人気ブログランキングへ

恋愛小説「ヘヴンズDream」14

誰にも相談できないこと2

 彼は、笑いながら顎ヒゲを撫でる。
 少し長めの髪を一つにまとめ、いかにもイラストレーターですといった風貌の彼は、やたらと生徒と絡むことが好きな講師だった。

「遠藤、いい調子で進んでるな」

 山崎は遠藤の作品を見て呟いた。

「まだまだですよ。半分も進んでない」

 相変わらず、遠藤は山崎の顔を見ずに冷めた調子で答える。

「そっか。まあまだ期間はあるしな、頑張れよ」

 山崎はそう言うと、廊下を制作ルームの入り口の方へと歩いて行った。
 何故か山崎に対して冷たい態度をとっていた遠藤に、わたしは小声で囁いた。

「もしかして、遠藤さんて山崎と何かあった?」

「は? あんなおチビ好みじゃないわよ!」

 彼はすっかりオネエ言葉に戻り、眉をしかめて真剣に嫌がる。

「違うわよ。色恋沙汰じゃなくって。さっきの遠藤さんの態度見てて思ったんだけど、ちょっと山崎に対して変だったから…」

「あ〜、そっちね…」

 彼は、途端に冷静になった。
 やはりゲイにも好みはあるのだろう。わたしは妙なところで感心した。山崎は不細工ではない。確かに背は遠藤より低いが、むさ苦しいヒゲさえなければどちらかと言うと男前なのだ。だが、遠藤にとっては好みではないらしい。

「山崎はね、アタシのイラストを断りもなく本業の仕事で使ったの。要するにパクったのよ」

 遠藤は、筆を持つ手を休めず無表情に呟いた。

「…え?」

「まあ故意ではないことは知ってるの。だから取り立てて大事にするつもりはないのよ。でもプロである限りは、どんなに仕事がハードだとしてもパクりはよくないじゃない?」

「そうだよね…」

 他の言葉が出てこなかった。
 生徒の作品をパクるという講師のプライドのなさに閉口してしまう。

「だから、あの人あまり好きじゃないのよ。凛ちゃんも山崎周辺には気をつけなさいよ」

 彼は、相変わらず淡々と無表情に話していた。
 わたしは彼に返す言葉が見つからずに、ただ頷いただけだった。それから3時間程を黙々と創作活動に没頭した後、遠藤を残して先に帰ることにした。エレベーターに乗り込み、ジーンズのポケットに入れていた携帯を取り出して時間を確認する。

 8時過ぎか…。画材店はもう閉まってるな…。

 足りない画材を頭に浮かべながら1階で降り、学校の裏口に向かって歩いた。狭い扉を開けて外に出ると、予想だにしなかった冷たい風が吹きつける。

「さっむい…」

 昼夜の気温差が激しくなり、夜の冷え込みは真冬の面影さえ感じさせた。

「凛ちゃん!」

 数歩足を進めたわたしの後ろから、その呼び止める声は聞こえた。我に返って反射的に振り返ったが、足を止めたことに大きく後悔する。

 佐智?

「凛ちゃん、おねがい。話を聞いて!」

 そこにはストールを巻き、寒そうに身体を縮めながら急ぎ足で近付いてくる佐智の姿があった。
 すぐさま背を向け、彼女の声を無視すると再び足をはやめる。

「待って!」

 追ってきた佐智に手首を掴まれたわたしは、彼女の手を思いきり振り払った。
 一瞬、彼女の手の冷たさに、外でずっとわたしを待っていたことが伺えたが、そんなけなげな姿も怒りの感情でかき消されてしまう。

「触んないでよっ」

「話を聞いて! メールしても返事くれないし、電話も出てくれないじゃ、どうしようもないじゃない!」

 必死に訴えてくる彼女の顔を見ると、抑えていた憎しみがどんどん膨れ上がってくることを感じた。

「もう、わたしに関わらないで。あんたなんか友達じゃないし」

「酷い…ずっと友達だったじゃない」

 佐智の瞳に、一瞬にして涙が浮かんだ。

「酷い? どっちが? 友達の彼を奪うのは酷くないっていうの?」

 出来るだけ怒りを抑えようとしたが、そんな意思とは真逆に、身体は憎しみで煮え出してきていることが分かった。

「違う。わたし、隼人くんとは…」

「とにかく! 二度と顔を見たくないの。目の前に現れないで!」

 自分で止めることのできない怒りが限界まで到達したことに気付くと、わたしは脇目もふらず全速力で走り出した。あの痛みが再々発したのだ。
 一番近くにあったコンビニに入り、店員に確認もとらずトイレに飛び込む。

 間に合った…。

 個室で、3点セットとともに身動きがとれない状態になっていたわたしは、大きく長いため息をついた。ふと、自分の背中に緊張したような力が入っていることに気付き、肩甲骨あたりの筋肉を緩めてみる。同時に、大きく開いていた翼が小さくたたまれていった。

 ああ、肩甲骨の力の入れ方で、翼の開閉ができるのか…。

 少しずつセットの使い方に慣れてきている自分に気付いてまたため息をつき、便座の蓋を下げて、力が抜けたように腰を下ろす。

 しばらくトイレから出られないな…。

 そう考えると、無性に情けなくなり涙が溢れた。

 天使もどきのバカヤロー!!

 心の中で、思いきり叫び続けていた。