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恋愛小説「ヘヴンズDream」4

リアルな夢をみた4

 年齢は、着ている服装から見ても二十歳前後くらいだろうか。ラフな黒いパーカーに、タイトな黒いパンツを履いている。肩にかかる長さの緩くウェーブした真っ黒い髪と、紫に近い漆黒の瞳、透けるような白い肌が、一見、彫像を思い出させた。
 日本人離れした異国めいた香りを漂わせている人物が、当たり前のように女子トイレの中にいる。彼はパンツのポケットに指をかけて、あまりにも堂々とその場所に立っていた。

 外国の人?
 日本のトイレ表示が分からなくて男子トイレを間違えてしまった?

 一瞬そう推測したが、目の前の妖しくて美しい人物は、女子であるわたしを見ても慌てる様子もなく、平然とそこに立ち続けている。
 その、どうにも理解できない状況で、わたしはただ彼を凝視することしかできなかった。

「驚かせたかな?」

 彼は少し目を細めると、口許に笑みを残したまま聞いてきた。

「だって、ここ女子トイレだから…」

 わたしは、隙をつくらないように彼から視線を外さず、微妙な重い空気を感じながらも、律義に返事を返していた。

「呼んだだろ」

 長い前髪の奥の瞳で笑った彼は、一歩、近付いてくる。
 咄嗟に危険を感じて後ずさろうとしたが、後ろは洗面台で逃げ場はなく、身体全体を緊張させて身構えた。

「怖がらなくていい。君が俺を引き寄せたんだから」

「引き寄せた?」

「そう。君がね。だから、こうやってお仕事に来たってわけ」

「は? お仕事?」

 日本語ではあるが、何を言っているのか意味がさっぱり分からない。
 眉をしかめていたわたしに冷ややかな微笑みを浮かべた彼は、おもむろに片手を上げたかと思うと、指を二度、軽やかに高い音で鳴らした。
 すると次の瞬間、わたしの目の前の光が音もなく落ちた。
 一瞬、真っ暗な中で空気を切るような大きい雑音が響き渡り、強烈な風がどこからともなく巻き起こる。咄嗟に目を閉じ、四方から吹き付ける風を避けるように、前屈みになりながら顔を両腕で覆った。

 どうしてトイレに強風が??

 いきなり吹き荒れはじめた突風のような風で、息をすることさえ苦しい。はじめての経験に気持ちはパニックになっていたが、あまりの強風に逃げることも動くことさえもできなかった。身体を縮めて耐えていると、風は数分間ほど暴れたあと、少しずつ弱くなっていった。
 予想外の出来事に何が起こったのか分からず、恐る恐る目を開けたわたしの前には、ただただ真っ暗な闇が待っていた。

 なに?

 周りが一切見えない程の暗闇が、まるで宇宙のようにどこまでも広がっている。突拍子のない光景に、これは現実ではなく、もしかしたらわたしの夢の中? と思いはじめていた。
 だが、身体にじっとりと張り付くような闇の感覚には現実味があり、酸素が薄く感じられて息苦しくなる。恐怖で動くことも出来ずにじっと目を凝らして息をひそめていると、雨雲が徐々に流れ去るかのように、闇が薄れていくのが分かった。
 視界がぼんやりと開けていき、目の前に何かがあることに気付く。それは、黒っぽい大きな鳥が羽根を広げているような形をしていた。

 ?? こんな場所に鳥?

 緩慢と闇が煙のように流れ去って、元の明るさとトイレの光景に戻り、目の前の鳥のような塊の姿が露わになった。その何かを確認したわたしは、「今、間違いなく夢を見ている」ということに、やっと気付いた。

  ありえない…。

 おどろおどろしい空気が目の前に漂っている。さっきまでその場所に居た彼は、変わらず同じ場所に居たのだが、黒々とした闇を、ベールのように怪しくまとって立っていた。

 そして…

 彼は、背中に真黒な大きな翼を持っていた。

 彼は、頭に角らしきものを持っていた。

 きっと、尻尾があるのだろう。

  確実に夢だ。

 どう見ても、わたしの前に立っているものは、西洋の悪魔のようなものだったのだ。これが夢でなくなんであろう。ただ、悪魔とは言っても悪魔辞典などでよく見る姿とは全く違い、あまりに現代風なヴィジュアルになっている。映画や漫画に出てくる、美形の悪魔そのものだった。
 ボンデージ的な黒い服を身に纏い、逆十字のペンダントを付け、腕に鏡文字のタトゥーを入れている。
 真っ黒な髪と瞳の色が全体との絶妙なバランスを作り、なんともホレボレするように完璧に美しい。バックミュージックを流すなら、ゴシックメタルを選びたい雰囲気だ。

「確かに…」

 その美しい悪魔のようなものは、腕を組んでわたしを見下ろすと、口を開いて低い声を響かせる。

「今、これは君の夢だが、夢から覚めたら夢じゃなくなる」

「…?」

 言っている意味が分からない。
 別に夢なんだから分からなくてもいいことだ、と気付いて思わず苦笑いしたが、どこかでリアルな感覚を感じていた。

  てか、どうして、こんな夢を見ている…?