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恋愛小説「ヘヴンズDream」5

リアルな夢をみた5

 目の前の生き物はどこをどう見ても悪魔。デーモン。けれど、今までのわたしの生活の中では、悪魔に対して夢に登場してもらうほどの思い入れはない。生粋の日本人のわたしは、昔ながらの日本の幽霊や妖怪のことならたしなんでいるが、西洋悪魔に対してはとんと疎いのだ。なのに、どうしてこんなものが夢に出てくるのだろう。

「だから、呼んだだろ?」

 目の前の漆黒の瞳が、笑みを含んで見つめてくる。

「わたしが呼んだ?」

 夢の中で悪魔と真剣に会話するのもおかしいとは感じていたが、やはり微妙なリアルさが漂っていて思わず聞き返した。

「そう。だから、貸してあげようと思ってね」

 そう言った彼は、その闇をまとった両手をこちらに伸ばしてきたかと思うと、わたしの両肩をがっしりと掴んだ。

「ひ…」

 逃げる暇もなく動きを止められる。
 そして両肩から不気味な痛みが走り、声にならない声を上げた。

「怖い顔すんなって」

 悪魔は口許に笑みを携え、わたしの顔を覗き込んでくる。
 とてつもなく嫌な予感に襲われ、彼の手から逃れようとしたが、身体が金縛りにあったように全く動かない。
 くっと笑った彼は、わたしの肩を掴む手に力を入れた。その指先から、重く渦巻く異様にドロッとした何かが流れ込んでくることが感じられる。

「なに…?」

 身体に入ってきた粘着質の物体は全身に広がり、奇妙なムズムズする感覚に襲われ続けた。
 すると、目の前の悪魔の様子が徐々に変化しはじめ、その翼と角そして尻尾が見る見る小さくなってゆき、最後には彼の身体の中に吸い込まれるように消えてしまった。
 重苦しい悪魔の姿から人間らしい姿に戻った彼は眉を上げてにやりと笑い、わたしの肩からゆっくりと手を離した。

「あー、やっと軽くなった。結構重いからな…」

「一体…なにしたの?」

 彼の晴れやかな表情とは逆に、わたしは体全体が倍になったような異様な重さを感じていた。
 その重さは血液中を流れてどんどん集約し、頭と背中と腰のあたりの三点にとどまった。

「…タッッ!」

 急激にその三点にアイスピックを打ち込まれたような激痛が走る。
 思わず身体を丸めたが、直後、皮膚が裂ける嫌な感覚があり、わたしの体内からズルッとした内臓が出るように何かが放出された。まるで現実のように激しい痛みと、身体中の血が逆流したような違和感を感じて鳥肌が立つ。

 この痛み、ほんとに夢??

 あまりの痛みに身を縮めたまま、後ろの洗面台に寄り掛かった。

「痛みはすぐ消えるから心配いらない」

 悪魔は落ち着き払った様子で、目の前で苦しむわたしを平然と眺めていた。
 恨みを込めた目で彼を睨んだが、悪魔の声の言う通り、数分程で痛みは薄らぐ。ただ、頭と背中と腰にずしりとした重みがかかり、その重みの正体を物語るかのように自分の左右の目の端に、黒いものが映っていた。

「後ろの鏡、見てみろ」

 悪魔の言葉に、深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、ゆっくりと鏡の方向を振り返り、自分の姿に目を向けた。

「…だよね」

 予想通りの結果に、肩を落として呟いた。

「似合うじゃん」

 鏡越しに悪魔は顎に手を置いて、冷やかすように声をかけてくる。

「似合いたくないし…」

 わたしは鏡の中の自分の姿に絶望を感じた。
 頭には立派なヤギの角が。背中には黒々としたコウモリの翼が。尻からは毛の生えた尻尾らしきものが。どれも予想に従って、しっかりと生えていた。
 今のわたしの荒れ果てた表情が、その悪魔のコスプレにぴったりはまってとても似合っている。

 なんて最悪な夢なんだ!

「その3点セット、貸しておいてやる」

 彼は、鏡越しに薄ら笑いを浮かべながら言った。
 どことなくその場を楽しんでいるような悪魔に、夢だとは分かっていながらも腹立たしくなり、勢いよく振り返ると彼に向かって大声で怒鳴る。

「なにこれ? だいたい、なんでわたしの夢に悪魔が出てきて、しかも気持ちの悪いコスプレなんてさせるワケ??」

「だから、君が呼んだんだって。君の強い悪意に引き付けられてここに来た。その3点セットは当分君のものだ」

「悪意? セット? 何言ってるんだか…」

 わたしはそう言いながらも、その3点が気になり再び鏡に向かう。
 コウモリの翼はなまめかしく艶があり、ヤギの角はやけにリアル。尻尾には毛が生え、どうみても玩具ではなく、見れば見る程に吐き気をもよおすような気持ちの悪いグロテスクさがあった。

「こんなものいらないっっ」

 再び悪魔を振り返って声を上げたが、そこには誰の姿もなかった。

  あ、これは夢なんだ。覚めればいいだけの話だ。

 今更ながらわたしはハッとし、はやくこの忌まわしい悪夢から逃れようと夢の中できつく目を閉じた。
 それは、悪夢を見たときに夢から目覚めるためのいつもの方法だった。一瞬、時空を俊速で超えるような感覚を通過する。その後、やたらと意識がハッキリとした世界でゆっくりと目を開けるのだ。
 ぼやけた視界には現実の空間、自分の部屋の白い天井が待っていた。
 
 そんな、リアルではじまりホラーで終わる夢を見た。
 今だかつて見たことのない、馬鹿げた夢─。

 夢から覚めた直後にそう感じていたわたしは、遠くない未来に、その夢に関するリアルな体験をすることなど全く予想できずにいた。