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恋愛小説「ヘヴンズDream」6

個性を放つ面々1

 その日、わたしが通うデザインの専門学校では、午前の授業に学科全体での合同講議があった。
 とんでもない悪夢にうなされた余韻を引いているのか、学校に着いてもまだ軽い頭痛が続いていた。先天的な低血圧も重なって、相当に気分は落ちている。生徒達で満員のエレベーターに乗り込んだ途端、一気に酸素が薄くなり更に気分が悪くなった。
 講義室がある8階に着いて酸欠状態から解放された後、しばらく廊下をしかめ面で歩いていると、自然と隣に並ぶ長身の影に気付いた。

「凛ちゃん、おはよ」

「あ…遠藤さん…」

 その影は、グラフィック科で同じクラスの遠藤珪のものだった。

  やっぱり、こんな夢見が悪い日は、夢から覚めた現実の世界でもついてない…。

 心の中で大きくため息をつく。

「今日着てるブルーのカーディガン、めちゃ可愛いね。けど、なんだか冴えない顔してるな。体調でも悪い?」

 講義室に向かう人波の中を歩きながら話しかけてきた彼に、できる限りの作り笑顔を向けた。

「そう…? 夢見が悪かったからかな…」

「ふ〜ん、どんな夢?」

 彼は、わたしの夢に興味を持ったように質問してきたが、あんな不可解な夢を説明しきれるはずもなく、「言う程のものじゃないから」と苦笑いして誤魔化した。

「なんだ、凛ちゃんの夢、知りたいのにな…」

 残念そうに笑って、優しい微笑みを向けてくる。
 いつものことだった。遠藤は、些細なわたしの言葉をつかまえて、それに対する質問を興味深げに投げてくる。わたしが着ている服にしても、毎日のように誉めてくる。その言葉や態度は、一見特別な人に対してのもののように思えるのだ。いわゆる、わたしのことが好きなのかしら? と思わせるような言動だった。
 だが、彼にとってのそれは、いうなれば単なる癖に過ぎない。色恋の気持ちがカケラもないことは分かっている。

「あ、そう言えば今日は合同講議なのに、ファッション科の友達と一緒じゃないんだ?」

 彼は、思い出したように聞いてきた。

「まあ、いつも一緒っていうのもね…」

 今一番触れてほしくないことを聞かれてしまい、思わず顔を引きつらせて適当に言葉を取り繕った。

「そうか…、まあ、いろいろあるってとこか…」

 遠藤は、何かを察した目で笑って呟いた。
 彼が言う、ファッション科の友達とは佐智のことだった。高校の頃から、分野は違うがデザインに興味があった佐智とわたしは、二人で一緒に学べるようにと、同じアート系の専門学校に進むことに決めたのだ。科の違うわたしたちが、唯一同じ空間で学べる合同講議には、必ず一緒に出席していた。前回までは…。

 あんなに信頼していたのに、見事に裏切られた…。

 趣味も価値観も似た、友達を超えて姉妹に近い親友だと思っていた人間に、まんまと裏切られてしまう自分が情けなくなる。しかも、恋人を奪われるという、あまりにベタでありがちな裏切り行為。

「…ん〜、でもやっぱり元気ないね。ちょっと心配だな…」

 遠藤は、わたしの顔を覗き込んで透き通る眼差しで見つめてくる。

 朝っぱらから眩しいってば…。

 彼のキラキラした存在感に軽い眩暈を感じた。
 彼は女であるわたしなんかよりずっと綺麗な白い肌を持っていた。黄金比で並んだような目鼻立ち、そして柔らかそうな、ふわっとした癖のない髪。その上センスが良く、長身が相まって一般的なモデルにも劣らない程に見栄えがいい。要するに、見た目はかなり上クラスの男子ということだ。
 今日も白いシャツとカーキのスリムパンツというシンプルな服装を、自然と品よく着こなしていた。

「ま、いつでも相談にのるよ」

 そう言った遠藤は、爽やかな微笑みを浮かべて、わたしの肩に実にさりげなく手を回した。

「遠藤さんっっ!」

 慣れ慣れしいその手をパシッと思いきりひっぱたく。
 遠藤は一瞬言葉をなくし、目を丸くして酷く打撃を受けたような表情をつくった。

「痛いじゃないっ!なにするのっ?」

 高い声でヒステリックに叫んだ彼は、自分の声にハッとした表情をつくって口を両手で覆ったが、すぐに素早く手を降ろし、きょろきょろと周りを気にするように挙動不振な動きをする。

「まったく…」

 わたしは呆れ半分にそう言って、その場に足を止めていた彼を放置して歩き出した。

「ちょっと!」

 後ろから追いかけてきた彼は、腰を屈めてわたしの耳の横に小声で話しかけてくる。

「酷いじゃない。なんでぶつのよっ。痛いじゃないのっ」

「仕方ないの。遠藤さんは、校内では完全たるノーマルなんだから。しかも、女子からモテモテの。そんな人から肩を抱かれてるところを見られたら、何人の女子を敵に回すことになるか分からないんだから。だから、はっきり言うけれど遠藤さんに学校内で近付かれると迷惑なの」

 わたしは、自分の立場が全く見えていない彼に、淡々と説教しながら歩いていた。
 遠藤 珪。彼と親しく話すようになったのは、同じクラスだったからという理由ではない。校外の奇妙な場所で出会ったことがきっかけだった。