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BL小説「欠片を紡ぐもの」12

探るもの1

 その日の早朝、ホテルの部屋で一人目覚めた藍野は、フロントにカードキーを預けてそのまま会社に出勤した。
 まだ時折頭がふわっとする。すぐに仕事に集中できそうにない。制作室に入る前に喫煙スペースに行き、気持ちを落ち着けるよう煙草に火をつけた。

「くそ…、何の薬だったんだ…」

 手の平で頭の側面を強く押してみるが、頭の中に膜が張った感覚が残りすっきりしない。
 軽い眩暈が起こるたび、松浦友哉との思い出したくないシーンが溢れ出してきた。
 椅子に腰をかけて灰を落とし、もやもやとした気持ちで流れる煙を眺めていると、いつの間にか主任デザイナーの高山の姿が目の前にあった。

「よ。お疲れのとこ悪いけど、火、貸してくれ」

 煙草をくわえ、大胆ににっと笑った彼は、野性味溢れる熊のような風貌で藍野を見つめていた。

「ああ、どうぞ…」

 苦笑いを返した藍野は、椅子に座った高山の煙草に持っていた百円ライターを差し出して火を点けた。

「さんきゅ、で、昨日のパーティで何か収穫でもあったのか?」

 藍野が昨日と同じ服を着ていることに気付いていた高山は、目を輝かせて聞いてきた。

「あ~、高山さんが期待するようなことはないっすよ」

「なんだ、つまらんな。え~と、…たしか、今話題になってる空間プロデューサーだかデザイナーだかのパーティだったよな。っと…なんて名前だっけ…」

 高山は腕を組み、視線を上げて必死で名前を思い出そうとしている表情を作った。

「あ!そう、松浦友哉だ」

 彼は自分の膝を叩いて、すっきりした顔で笑う。
 藍野は友哉の名前を耳にしただけで、いきなり胸を締め付けられたような妙な感覚に捉われた。

「…そんなに彼は有名なんすか?」

 彼は自分の動悸を誤魔化して煙草を深く吸い、無理に顔を笑ませてみせた。

「いや、まあ、業界の中では話題になってはいるな。いきなり浮上してきた謎のアーティスト、みたいなさ。よく分からんがな」

「謎…。そう、ですか」

 少し片目を細めた藍野は、呆れた笑みを浮かべた。
 謎のアーティスト、というよりは質の悪い両刀使いだ。ただの女好きならまだ可愛いが、薬を使ってまで男に嵌めようとするのはいかがなものか。
 けれど、あれほどに目立つ美しい外見と、誰をも惹き付ける不思議な魅力を持つ人物はそういない。それが業界で話題となっている要因の一つではあるだろう。

「あ!佐々木さん~、電話入ってます」

 製作室のドアを開けて走り寄ってくる女子社員が、喫煙スペースに向かって叫んできた。

「誰から?」

 思わず聞き返した藍野だったが、女子社員は少し戸惑った表情で立ち止まって手招きをしてくる。
 不思議に思いつつも、部屋に戻って電話を取った彼は、相手の第一声に表情を硬くした。

「北警察署のものですが、佐々木藍野さん?」 

 ただのタイミングなのか?

 それとも、何かが起こっている?

「ご協力、ありがとうございました」

 淡々とした事務的な声の相手は、マニュアル通りの言葉を残して電話を切った。
 電話は、警察署からの藍野に対する事情聴取だった。
 ライブハウスでのオープニングパーティに来場していた砂川和也というカメラマンが、ホテルの非常階段で死体となり発見されたことで調査の協力が求められたのだ。
 警察は本人が足を滑らせた転落事故だとほぼ断定していたようだが、念のために関係者や近い階にいたホテルの客から現状不在等を調べているとのことだった。

 藍野は自分のデスクに戻ると、急いでPCのポータルサイトの検索枠に「砂川和也」という文字を入れた。
 だがすぐに本人の情報らしきものは見つからず、同姓同名の別の人間の情報が上がってくる。そう名の通った人物ではなかったようだ。

 砂川和也が転落したのは午前二時十五分~三十分の間。十五階には従業員の休憩室、そして十六階には倉庫があることから、使用頻度の高い階段だったことで死亡時刻は十五分の間に絞り込まれている。
 藍野は、その時間の現状不在を証明する内容を聞かれ、ありのままに松浦友哉の部屋に居たことを話した。藍野の名前はホテルの客のリストにはない。警察は前もって調べていた友哉の現状不在の証明確認も兼ねて、藍野に電話聴取したようだ。

 事故…。カメラマンね…。

 彼は硬い表情を解かず、PCに向かって検索を続けていた。
「カメラマン 砂川和也」で再び検索すると、本人情報が載せてあるサイトが選び出されてた。ランダムにサイトを開けていた藍野は、一つの画像に目を止める。

 こいつ…!

 思わず息を呑み、前のめりになってPCに近付いた。

 偶然?なのか?

 その画像は、カメラを構えた恰幅のいい男が、海で被写体のモデルに向かって立っているものだった。
 その男の特徴ともいえるスキンヘッドには見覚えがある。[Feed]のVIP近くでぶつかりかけた男。すれ違っただけだが、一般的な会社員にはない雰囲気を匂わせていたことで、自然と記憶に残っていた。