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BL小説「欠片を紡ぐもの」15

探るもの4

 真昼の暑さが薄れた午後五時。
 それでもコンクリートからの熱気はまだ空気中に立ち込めていて、歩いていると身体中から汗が滲んでくる。

「あっちぃな…」

 藍野は汗に吸い付いてくるTシャツの胸元を引っ張って、肌との間に空気を入れて呟いた。
 友哉が事務所として使っていたのはビルのテナントではなくマンションの一室だった。最寄駅からはさほど遠くない徒歩十数分程度の場所に位置している。とはいえ、この時期はいい感じに一汗流せる距離だった。
 今日までに友哉の周辺を事前調査として探っていた藍野だが、やはり彼の身辺をよく知る人物は一人として出てこない。手に入った情報が少なすぎてインタビューの質問項目が増えてしまい、まとめることに苦労した。短時間での取材ということは、三十分間を取れるか取れないかの程度だろう。
 今からインタビュアーとして友哉に再会することを想像すると、不思議と胸が熱く騒いだ。まるで恋をしているかのような自分の反応に戸惑った藍野は、思わず立ち止まって頭を振る。

 どうかしてる…。

 誤魔化しきれない動悸を否定しながら再び歩みを進めた彼の目に、目的のマンションが見えてきた。

 少し早かったか…。

 アポは午後五時三十分の予定だったが、目的地に二十分はやく着いてしまう。
〝空間プロデューサーの事務所〟というイメージで個性的かつ前衛的なデザイナーズマンションを想像していたのだが、意外に古めかしいマンションだった。
 都会のマンションにしては低層で、建物の周辺には目隠し代わりに木が植わり、緑のスペースが多く取られている。〝レトロ〟と言えば聞こえはいいが、なんの特徴もなくひっそりと目立たない佇まいの建物だ。
 藍野はしばらくマンションの周りをうろついて時間を潰していたが、不意にどこからか見られている視線を感じた。近所の住人に不審者だと勘ぐられても厄介だと、慌ててマンションの自動ドアを抜けてエントランスホールに入った。

 ホールに広がる吹き抜けの空間がまず彼の目に飛び込んでくる。外観からは分からなかったが、この建物はロの字型のようだ。その吹き抜け部分に、大きな数本の背の高い木が、空に向かって勢いよく伸びていた。

 落ち着くな…。

 理由もなく心が静かになる。自然のものと近い場所に居ることが安らぎをもたらしてくれるようだ。地と繋がっている木のパワーが心地よく辺りに漂っていた。

「佐々木、藍野」

 視線を上げて木を眺めていた藍野は、いきなり名前を呼ばれた衝動で身体を微妙に跳ねさせる。
 声が聞こえた入口ドア付近を振り返ると、知った顔がそこにあった。

 松浦友哉ー

 薄い微笑みを浮かべて歩いてくるその姿に、藍野は視線を固めた。何度見ても慣れられない。異質な圧迫される存在感と、そして目を奪われる美しさ。
 彼は外出先から帰ってきたようで、緩いカットソーにカーディガンを羽織ってデニムを履いている。軽装なことから、仕事で外に出ていたわけではなさそうだ。

「まさか、君が担当ライターだったとはね。昨日メーカーから名前を聞いて驚いた」

 変わらず落ち着いた艶のある声音。
 彼の立ち居振る舞いは、常に品を落とすことがない。すっと伸びた姿勢も影響しているだろうか、歩き方だけでも凡人とは違う空気感が漂っている。透けるような白い肌と、光の加減によって微妙に変わる瞳の色。
 藍野は、沸き起こってくる甘い緊張に惑ったが、すぐに意識の流れを仕事モードに持っていき、友哉に近付いて鞄から取り出した名刺を差し出した。

「今日はよろしくお願いします、松浦さん」

「他人行儀だな。友哉でいい」

 名刺をさりげなく受け取った友哉は、いわくありげな眼差しで藍野を見つめると、少し視線を落として口許で笑った。

「こっちだ」

 すぐ横をすれ違って先を進む友哉から、前回と同じく特徴的な花の香りが漂い、軽く心が乱される。
 軽い動揺を感じながら後を追って足を進めた藍野は、ふと友哉が腕組をして歩く姿が気になった。

 寒いのか…?

 厚めのカーディガンを羽織っているのも、今日の暑さからすればおかしい。
 一階の角部屋のドアを開けた友哉は、わずかに後ろを振り返って、藍野に続いて入れとばかりに目で合図した。
 玄関を過ぎて廊下のすぐ右の部屋に入ると、大きな窓がある明るい空間が広がっていた。二十畳ほどの広いスペースに、ベージュのスウェード張りのソファが、ローテーブルを挟んで向き合って置いてある。部屋の隅には背の高い観葉植物が置かれいるが、他には何もない殺風景な部屋だった。

「そこ、適当に座って」

 そう言葉を残して、友哉は部屋の奥に設置されていたキッチンへと向かった。