にほんブログ村 小説ブログ 人気ブログランキングへ

BL小説「欠片を紡ぐもの」16

探るもの5

 もともとはリビングダイニングの空間だろう。だが、事務所として使っているだけに、生活感は全くなかった。

 仕事部屋?それともミーティング用の部屋だろうか。

 それにしてはこの空間に流れている質感が柔らかすぎで、ビジネス的な要素が見つからなかった。
 ソファに座った藍野は、レコーダーを用意しながら質問表を出し、インタビューする内容を再確認する。あまり長時間は話せないことから、できるだけ簡潔な質問で知りたい情報を手に入れなければならない。

 まずは経歴か…。

 頭の中で質問内容を整理していると、いきなりキッチンの方からグラスが割れる音が聞こえ、思わず顔を上げる。
 藍野の視線の先に、カウンターに両手をついてうな垂れている友哉の姿が映った。

「おい、どうした?」

 慌てて立ち上がった彼が急ぎ足でキッチンに近付くと、床に割れたグラスが散乱している。

「怪我は?」

「大丈夫。慣れないことはするもんじゃないな…」

 友哉は、苦しそうな青冷めた表情の中に無理に笑みを作ってみせる。
 どこか痛むのだろうか、額に汗を滲ませ浅く早い息遣いをしていた。

「おい、んなこと言ってる場合じゃないだろ。あんた、かなり調子悪そうだ」

 藍野は今にも崩折れそうな友哉の身体を支えようとしたが、必要ないと手で制された。

「大丈夫だから…」

 一人でキッチンから出た友哉だったが、すぐに壁に凭れて息をつく。
 藍野は無理に友哉の片腕を取って、しっかり自分の肩に回して歩く手助けをし、彼をソファへと導いた。
 わずかな距離を歩く途中でも、何度か友哉は足を止める。触れている彼の身体には暖かさがなく、まるで死人を思わせるほどに冷たかった。
 友哉をソファに座らせてその前に屈んだ藍野は、「暖かいもの、飲むか?」と、心配そうに彼を覗き込んだ。

「いや、いらない。…わるいな。今日のインタビューは無理そうだ…」

 俯く友哉の顔は真白く、血の気がなくなっている。

「なあ、あんたマジでやばくないか? 救急車呼んだほうが…」

「いや、大丈夫だ」

 藍野の言葉を強く遮った友哉は、ソファに倒れ込んで仰向けになり、額の上に片腕を乗せた。

「いつものことだ…。しばらく休めば回復する…。また、出直してきてくれ」

「ああ…」

 藍野はそう返事したものの、苦し気な顔付きの彼を放っておくことができなかった。
 友哉の傍を離れると部屋から出て、せめて身体を暖めるブランケット代わりになるものをと探しはじめる。
 一番奥の部屋に入るとクィーンサイズのベッドが空間の真ん中に置かれているのが目に入った。仮眠するために使っているにしては、大きすぎるサイズだ。

 やはりここは事務所じゃないのか?

 事務所に寝室は必要ないだろう。他の部屋にも、本やパソコンなどの類は一切見つからず、殆どの部屋が空の状態になっている。不思議に感じながらもベッドカバーの上に置かれていたブランケットを取ると、リビングの友哉のもとへと戻った。
 全く動かずソファに横になっている彼の上にそっとブランケットをかけ、すぐ前のテーブルに腰を降ろして様子を見る。

「…なにしてる?」

 微かに瞼を開けた友哉は、色を持たない顔で苦笑いを作って、目の前に座っている藍野に視線を上げた。

「いや、あんたが落ち着くまでここに居ようと思って。それより、忙し過ぎじゃないのか?ちゃんと食ってんのか?」

 以前会ったときより少し痩せた友哉を、藍野は気遣う眼差しで見下ろした。

「いや…最近は食欲がない…。そういえば誰も喰ってないな。君を喰わせてくれたら元気になるか…」

 友哉は苦しそうな表情の中にも面白がる眼差しを作って、藍野を茶化すように呟いた。

「あんた…。マジで調子悪い時でもエロなこと考えんだな」

 藍野は呆れた表情を浮かべたが、友哉の受け答えに余裕を感じ、少し安堵して微笑む。
 顔色にわずかに赤みが戻っただろうか。 
 友哉の片手を、半ば無理矢理に取って温もりを確認した。

「冷たい手だな…」

 藍野は両手で友哉の手を柔らかく包んで握った。

「藍野」

 いきなり友哉に低い声で名前を呼ばれた彼は、自分の胸を熱く過るものを感じて瞳に惑いを映した。
 名前で呼ばれたのははじめてだった。不思議と二人の距離が急に縮んだ気分になる。透き通る瞳で見つめてくる友哉に吸い込まれそうになった藍野は、わずかに視線を反らせた。

「な…んだよ?」

「君は無駄に元気だな。そのエネルギーを分けてくれ…」

「…どういう意味だ? 馬鹿にしてんのか?」

 むっとした表情を浮かべた藍野に、友哉はわずかに穏やかな表情で笑ってみせた。

「…いや、そんなことができたら、便利だろうって思っただけだ。それより少し眠る。もう一人で大丈夫だから」

 友哉は藍野が握った手を振り払って目を閉じた。
 帰れということだろう。だが藍野はまだ冷たい友哉の身体が気掛かりで、すぐに微かな寝息をたてはじめた彼の顔をしばらく見つめていた。
 真っ白い肌に、長い睫、鼻筋の通った端整な顔立ちが高潔さを醸し出している。

 こうしている時はまるで別人だな…。

 目の前で静かに眠っている彼は、ホテルで自分を押し倒してきた人物と同じとは思えないほど貞淑さや品を感じさせた。
 彼が寝入った頃、起こさないように気遣いながら再びそっと手を取る。

 冷たい…。

 その手は変わらず冷たいままで、このまま放っておくと二度と目覚めないのではと錯覚を起こさせる。
 白く美しく伸びた指が氷のように冷たく硬く感じられた。

 本当に…、俺のエネルギーを分けられれば、いい。

 単純にそう願った藍野は、自分の〝エネルギー〟を、友哉の身体に送り込むイメージをつくった。
 色を失くしても美しい彼の顔を見つめたまま、〝気〟を流すイメージを思い描いていた彼は、いつしかそのまま眠り落ちてしまった。