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BL小説「欠片を紡ぐもの」17

探るもの6

「起きろ」

 どこかで聞き覚えのある声が頭上で聞こえた。

 誰だ…?

 男の声と眩しい光に起こされ、不機嫌そうに目を開けた藍野は、今横たわっているベッドと周りの空間が自分の部屋のものではないことに気付いた。

「…?」

 やたらと重い身体を感じながら、記憶を引きずり出しつつ上半身を起こす。

「あんたは…」

 目を細めて前に立っている無表情な男の顔を見上げたとき、自分が松浦友哉の事務所にインタビューに訪れ、そのまま眠ってしまったことに気付いた。

「朝だ。いい加減に起きろ」

「…朝…??」

 まだ眠気で頭が素早く働かない。
 頭を振って無理やり感覚を覚ました藍野は、体調を崩した友哉の手を握ったまま眠ってしまったことを思い出した。

「…松浦さんは?どこだ?…病院?」

 辺りを見回してみても、今いる部屋には彼の姿はない。

「あいつは大丈夫だ。それより朝食を用意している。来い」

 相変わらず笑顔の欠片もない男、玲巳は、淡々とした言葉を残してさっさと部屋から出ていった。
 彼はなぜか友哉のすぐ傍で、影のように存在している。

 てか、朝食…だと?

 藍野は時間の感覚が分からなくなる。確かインタビューに来たのは夕方五時二十分くらいだったはずだ。今が朝だとすれば、十二時間以上も眠っていたことになる。
 だが、窓から見える外の色は確実に朝の気配だった。今の状況を把握しきれないまま、玲巳の後を追ってリビングのキッチンに向かうと、カウンターの上に朝食とは思えないほどのボリュームのある料理が見えた。

「あんた、玲巳?っていったよな?これ…。つうか、俺はずっと眠ってたのか?」

「まあな。疲れてたんじゃないか?」

 彼の愛想ない返事を耳にし、頭を掻きながら藍野は途方に暮れた。
 目の前には中華料理のフルコースがずらりと並んでいることにも混乱する。彼等は朝からこんな量を食べるというのだろうか。

「腹減ってるだろ?心配するな。俺が作ったんじゃない。昨日テイクアウトしてきたものだ」

 玲巳はグラスに水を入れてカウンターに置き、藍野に前の椅子に座れと目で指示した。

「…はあ」

 空腹を感じていることは確かだったが、寝起きの状態で胃腸もまだ動いていないうえに、身体のだるさが尋常ではない。
 藍野は朝一から濃い中華料理を目の前にして箸を持つ気分になれなかったが、食えと威嚇してくる玲巳の視線に圧されて、仕方なく料理に手を伸ばした。
 だが、前菜のサラダを口に含んだ途端、急激に胃腸が動き出して箸が止まらなくなる。自分でも驚くほど、身体が食べ物を欲求してきた。

「全部食え。まあ、それだけ食欲があれば、おまえの体調はとりあえず大丈夫そうだな」

「え? どういう…意味だ?」

 勢いで口に食べ物を詰め込んでいた藍野は、喉を詰まらせそうになりながら玲巳に聞いたが、彼は微かに笑っただけで話を変えた。

「いや…。食べたらさっさと会社に行けよ。仕事だろ」

「…ああ。で、松浦さんはどこに居るんだ?自宅に帰ってるのか?俺よりヤツこそ大丈夫なのか?」

「ここが友哉の自宅だ。隣が事務所」

「え?」

 ずっとこの部屋を事務所に使っていると思い込んでいた藍野は、一瞬視線を固めて玲巳を見つめた。
 仕事場にしては何もない部屋だとは思っていたが、自宅だと言われても殺風景すぎて生活感が感じられない。

「友哉は早朝から仕事で出てる。あれが体調を崩すのはいつものことだ。軽い持病だから気にしなくていい。すぐに治る」

「軽い持病…」

 玲巳の言葉を箸を止めずに聞いていた藍野は、幾分かほっと安心した。
 だが、友哉の苦しげな表情と冷たい身体を目の前にして何もできなかったことを思い出すと、今更だが自分の無力さに苛まれた。

「やつの持病って、治すことはできない病気なのか?」

「そうだな…。けど、おまえが心配するほどのことじゃないさ」

 ふと笑った玲巳の表情が、前回会ったときより随分と和らいでいることを感じた。
 だが、その言葉の端に藍野は見えない線を引かれた気分になった。〝お前は関係ない〟とでも言われたような感覚。

「それに、あいつの持病のおかげでお前は喰われずに済んだんだ。友哉がお前を事務所じゃなくここに呼んだのは、インタビューだけで帰すつもりがなかったからだ」

 空いた皿を手際よく引いて、淡々と話し続ける玲巳に目を見開いた藍野は、グラスの水を一気に飲んで食べ物を胃に流した。

「冗談はよせ。今回は仕事で来たんだぞ」

「…お前こそ、前回のホテルでのことがあっても自らここへ来たんだろ?何があっても予想外のことじゃないはずだ」

「…職場でおかしなことはしないと思うだろ」

 小声で呟き、再び箸を伸ばした藍野は無言で自分自身に問いかけてみる。
 玲巳が言った通り、本当に何事も起こらないと思ってここへ来たのだろうか。だが前回とは違い、仕事として訪れた人間に手を出すほど、友哉に見境がないとも思えなかった。

「てかさ…。あんたはあいつの何?何でも分かるワケ?いつもヤツの傍にいるみたいだけど、どういう関係?」 

 常に友哉の近くにはこの男の存在がある。
 仲のよい友達という風でもなく、まして兄弟という感覚でもなく、どこか深い場所で繋がっている安定感。藍野は何気ない素振りで聞いたつもりだったが、瞳までは嘘を付けず、じっと玲巳を食い入るように見つめてその答えを待つ。

「腐れ縁だ」 

 適当にはぐらかした彼の言葉に納得はいかなかったが、少し視線を落として平静を装った藍野は、「あ、そう」と呟くと、まだ尽きない食欲のまま黙って箸を動かし続けた。