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BL小説「欠片を紡ぐもの」18

惑うもの1

 デスクの前で腕を組んで、PCを見るでもなく考え込んだ表情をつくっていた藍野は、真横に立った影に気付いて斜め上に顔を上げる。

「松浦友哉のインタビューが延びたらしいな?暇ならつきあえ」

 そばに居るだけで気温が上がりそうな熊系の体格。
 見下ろし加減ににっと笑って、指で煙草を吸う仕草をしたのは高山だった。

「べつに暇じゃないですけど…。でもつきあってあげますよ」

 藍野は片眉をあげて、わざと作った仏頂面で答えると、デスクの上の煙草を取って気だるく立ち上がる。
 高山は昨今では珍しいヘビースモーカーだ。廊下を歩きながら煙草に火を点けている。喫煙スペースの丸椅子に腰を落ち着けた時には、すでに三分の一程が灰になっていた。
 藍野の目の前に座った高山は、旨そうに煙を吐き出して見せたあと、眉を上げて口を開いた。

「なあ、佐々木って松浦友哉のイベント行ってたんだよな?最近知ったんだけど、その日に上のホテルで転落事故があったことは知ってるか?」

「…ああ。聞きましたよ。俺んとこにも事情聴取らしい警察からの電話があったし」

 高山の言葉に藍野は平静を装い、頷きながら答えた。
 そんな藍野を見つめて苦そうに煙草を一吸いした高山は、吸殻を灰皿に落としてすぐさま次の一本に火を点けた。

「実はそのカメラマンってのがさ、遠い知り合いなんだ。砂川和也だよな?まあ、正直なところよく知らないヤツだし聞き伝手なんだが…。そいつは…」

「高山さん、」

 彼の名前を呼んで話を遮った藍野は、視線を高山の後方へと向けつつ、彼に後ろを振り返るよう顎で示した。

「なんだ?」

 高山は藍野の視線の先を振り返る。
 高山の真後ろには、神経質な笑みを浮かべた坂崎の姿と、その斜め後ろに小柄な見知らぬ若い男が立っていた。

「どうも。デザイナーの高山さんでしたよね?お話中申し訳ないが、ちょっと佐々木さんを借りていいかな?」

「あ、はあ…」

 高山は不遜な坂崎に愛想笑いを作って見せ、小声で藍野に「じゃ、退散するわ」と耳打ちして、そそくさと椅子から立ち上がり喫煙スペースから離れていった。
 坂崎は得意先という立場からだろうか、来社すると必ず必要以上に高圧的な態度を取ってくる。

「で、何の用ですか?」

 藍野は食傷した乾いた笑みを浮かべながらも、急に現れた坂崎を少し困惑した表情で見つめた。

「君に用があるのは、僕じゃないんだ…」

 坂崎は高山が居なくなると高慢な態度を和らげ、後ろに立っている男を振り返って言葉を続けた。

「さっきは君たちがタイムリーな話をしていて驚いたよ…。いや、高山さんの声が大きくて聞こえてしまったんだがね。彼は砂川永輝くん。高山さんが話してた砂川和也カメラマンの弟だ」

「…え?」

 藍野はわずかに首を傾げ、坂崎の後ろに目立たない影のように立っている男を見た。
 深々と頭を下げてくる若い男は、小柄で華奢な体系を持ち、高校生くらいの年齢に見える。

「てか、俺に用って…。坂崎さんの知り合い?」

 藍野は椅子から立ち上がり、二人に歩み寄った。

「ああ、彼もお兄さんと同様カメラマンで、たまに仕事を頼んでたんでね…。で、君に聞きたいことがあるらしいんだ」

「カメラマン…?」

 坂崎より一歩後ろに居た彼は、スーツではなかったが白シャツにジャケットという硬めの服装にもかかわらず、どう見ても学生にしか見えなかった。
 つるりとした肌に、目尻の下がった睫の長い瞳。

 あ、髪か…。

 藍野は、彼が若く見えた最大の理由を自分なりに突き止める。さらっとしたストレートで艶のある柔らかそうな髪が、どこか純粋な子供のイメージを醸し出している。
 永輝は藍野に近付くと、少し遠慮がちに名刺を差し出した。

「砂川永輝です。いきなりご迷惑でしょうが、ちょっとお聞きしたいことがあって、坂崎さんに無理を言って連れてきてもらいました」

 常識のある行動と落ち着いた話し方に、藍野は自然と聞く耳を持った。

「迷惑じゃないけど、俺は君のお兄さんとは話したこともないしな…。何を聞きたいんだ?」

 砂川和也との接点は、クラブですれ違った程度のものだった。
 そんな相手に聞きたいことなどあるのだろうかと、名刺を受け取りながら永輝の言葉を待つ。

「佐々木さん、ここじゃなんだから地下のカフェで話を聞いてあげてくれないかな? 松浦友哉にも関係があることみたいなんだ…」

 会話を割って入ってきた坂崎の顔を咄嗟に険しく見つめた藍野だったが、友哉の名前を聞いただけで感情的な反応をしている自分に気付き、視線を落として笑みを浮かべた。

「分かりました。じゃあ、五分後に行くので、先に行って待っててください」

「あ、僕は仕事があるから、悪いけどここで退散するよ。後は二人で」

 坂崎は愛想笑いを浮かべて早口でそう言い、さっさと二人に背を向けて歩きはじめた。
 永輝は藍野に向かって軽く会釈したあと、坂崎を追いかけてエレベーターの方向へと去っていく。
 思いがけず目の前に現れた砂川和也の弟の存在。
 自分のデスクに戻った藍野はしばらく立ったまま思案していたが、突如引き出しの中から小型レコーダーとマイクを取り出し、シャツの胸ポケットに仕舞った。

「佐々木、あいつ等何の用だったんだ?お、これから取材か?」

 いつの間にか真後ろに立っていた高山が、藍野がレコーダーを仕舞ったところを見て興味深そうに聞いてきた。

「…いや、まあ、また後で話しますよ」

 藍野は適当に笑って誤魔化すと、少し不満気な表情を作っている高山の横を過ぎて地下のカフェへと向かった。