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BL小説「欠片を紡ぐもの」19

惑うもの2

 カフェの入口でスタッフに珈琲の注文を伝えた藍野は、奥の席で考え込んだ表情を作っている永輝の前に腰を下ろした。

「…あ、はやかったんですね」

 少し驚いて目を見張った彼は、微かに笑みを浮かべる。
 笑うと片笑窪ができ、さらに少年ぽさを感じさせた。やはり学生にしか見えない。

「で、永輝くんが聞きたいことって?なに?」

 藍野はテーブルに乗り出して両肘を付いて腕を組み、紫黒の瞳で真っ直ぐに永輝を見据えた。

「…佐々木さん、僕、たぶん佐々木さんより年上ですよ。永輝くんはちょっと…」

「あ?」

「今年二十六になります」

 永輝の言葉に一瞬固まった藍野は、片目を細めて雑に自分の頭を掻いた。

「まじ? 同じ年か年下かと思った…。じゃあ永輝くんはまずいか。砂川さん?でいい?」

「…ま、呼び方なんてどうでもいいですけどね。ただ、あまりに子ども扱いされてるなあって思ったんで…」

 悪戯ぽく笑った永輝は、肩を竦めてみせた。

「悪かった。で、砂川さんが聞きたいことは何?」

 相手が年下だろうが年上だろうが、藍野の態度は然して変わらなかった。
 永輝は前に座っている裏表も飾り気もない男に一瞬瞳を緩ませたが、すぐ表情を硬くして言葉を続けた。

「佐々木さんは、僕の兄が転落死したことを知っていますよね?あの日、あなたもホテルにいましたよね?」

「…ああ、いた。でも、俺は十一時半くらいから朝まで部屋の中に居て外のことは何も知らないんだ。そのことは警察にも伝えてる」

 藍野は、砂川和也がホテルの非常階段で転落し死亡したことについて、結果的に彼の不注意が原因で事件性はなかったことを関係者から聞いていた。

「警察なんて何もしてくれません。周りへの簡単な聴取だけで兄を単なる事故死だと決め付けた…」

「てことは、警察の見解に納得できないから、自分で調べてるってこと?」

「まあ…。ていうかね、僕の兄は世間的に言えばあまりいい人間じゃなかった。だから、誰かに命を狙われていたってこともあり得るんだ…」

 冷静に何かを思考するよう視線を落とした永輝の態度が、その稚い外見とは釣り合わず不思議な違和感を引き出している。

「悪いけど、俺がその件で知ってる事は何もないよ」

 藍野は視線を永輝に向けたまま、カフェのスタッフが運んできた珈琲に口をつけた。

「そうですね…。あなたは、なにも知らないのかもしれない。ただ、あなたが松浦友哉の部屋にいたこと自体が、僕にとっては重要なことなんで…」

 静かに彼が連ねてくる言葉の中に、大きく藍野を動揺させる音が混ざり込んでいた。

 松浦友哉─

 名前を耳にしただけで心臓が常ではない動き方をする。思わず瞳をうろつかせてしまった藍野の隙をついて、永輝はすかさず追及を重ねた。

「佐々木さん、どうして松浦友哉の部屋に居たんですか?彼とは前からの知り合い?」

「…ああ、いや、あの日は単なる成り行きで一緒に呑んでただけだ…。別に彼と知り合いだったわけじゃない」

 藍野は動揺する気持ちを隠し切れず、氷水の入ったグラスに手を伸ばした。
 大の大人、しかも男が薬を盛られて手篭めにされそうになっていたなど、到底口にできることではなかった。手に触れる冷たい水滴の感覚が、わずかに冷静さを取り戻させる。永輝はそんな藍野から視線を外さず、更に質問を続けた。

「兄が転落したのが午前二時十五分から三十分の間。松浦友哉のアリバイは、あなたが警察に証明したようですが…。この時間は部屋に二人で居たってことですか?」

「…ああ」

「そう…。よく知らない相手とそんな時間までずっと呑んでた?午前二時十五分から三十分の間。確実にその時間も?」

 永輝の瞳の奥には、訝しむ色が浮かんでいた。

「は?疑ってんの?」

 眉間に皺を寄せて少し険しい顔をつくった藍野に、永輝は笑みを浮かべて躊躇うことなく大きく頷く。
 彼の反応に目を見張ってうな垂れた藍野は、半ば呆れた表情で永輝を上目使いに見つめると、力なく声を出した。

「おい、まじで簡便してくれ。俺は…」

「勘違いしないでください。僕は佐々木さんを疑っているんじゃない。あなたはきっと利用されているだけだ。僕が疑っているのは、はじめから松浦友哉だけです」

「…え、なに…?」

 藍野は耳にした言葉に身体を固め、涼しい表情で座っている少年のような男の顔を穴が空くほど見つめた。

「兄は。松浦友哉に殺された」

 言い切る彼のその瞳には、突如として湧き上がった強い怒りの色と、確信めいた色が映っていた。

「…ちょっと待て。それはどういう根拠で言ってるんだ?」

 藍野は、永輝に鋭い視線を投げる。

「だから、兄はいい人間ではなかったんです。兄を恨んでいる人は沢山いたでしょう。きっと松浦友哉もその中の一人だったはず…」

「思い違いじゃないのか?あの日は…途中で眠ってしまったけれど、二時から三時の間は、確かにあいつは俺と居たぞ」

「それは、さっき聞きました。でも、兄は、松浦友哉に殺されたに違いない」

 永輝は、藍野に友哉の不在証明を確認してきたうえで、それでも彼が兄を殺したと断言している。
 藍野には永輝の言葉の意味が理解できず、苦笑いを浮かべた。

「ワケ分からねぇ…」

「…きっとあなたは利用されているだけだ。本当にその時間は松浦友哉と一緒だった?いや、別の訊ね方をしますね。松浦友哉と居た時間が他の時間だった可能性は、1%もありませんか?」

 永輝の問いに鼻で笑いそうになった藍野だったが、不意に息を飲むと苦笑いを消して表情をそのまま固まらせた。