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BL小説「欠片を紡ぐもの」2

満月の幻影2

 あいつの全体的なバランスか? …嫉妬? 美しさ…? 

 その男に焦点を当てたまま目を細める。

 いや…、やはり漂わせている空気か…。

 惹き付けられるのは単なる外見が理由ではない。入り乱れる客の中で、男の周りには異質な〝気〟の流れがあることを藍野は無意識に感じていた。不思議だが、その〝気〟に、逆撫でされた感覚で惹かれている。

「藍野くん、どうしたの? 踊らないの?」

横から投げかけられてくる高い声に、藍野は目が覚めたように我に返った。
 いつの間にか、すぐ隣に園田真由の姿があった。

「どうしたの? ぼんやりして。踊らないの?」

「…あ、わるい、俺はここで待ってるよ」

真由はハウスメーカーの受付嬢。藍野が勤めている会社の得意先の社員だった。
 彼女は小柄で人形のような愛らしい顔立ち、そして首筋の美しさを強調する思い切ったショートボブが個性的で目を引いた。なにより細身な体系に似合わない豊満な胸やヒップが、アンバランスな色気を引き出している。

 藍野が苦手なクラブに来た理由は、真由に〝話題のクラブに行きたい〟と、半ば無理やり連れてこられたからだ。
 お目当ての彼女と一緒にこのクラブに来ていたことをすっかり忘れ、暫し一人の男に目を奪われていた自分に苦笑いした。彼女を半年がかりでデートに口説き落とし、その大胆に肩を出した真っ白なオフショルダーの胸元に大きな期待を抱いていたはずなのに、束の間、その存在さえ頭の中から消え去っていた。

 重症だな…。

 自分で呆れながらも、ブースの横の男の姿をどうしても視界の中から外せずにいる。

「え~、一人じゃつまんない~。じゃあ、真由もここに居る」

 真由は甘えた声を出して藍野の腕を両手でそっと掴み、猫のような仕草で身体を摺り寄せた。

「酔ってるのか?」

「ぅん?そうでもないよ。あ、ねえ~、藍野くんてどうしてコピーライターになりたいって思ったの?」

「ん?」

 いきなり脈絡のない質問をしてきた真由に、藍野は首を傾げて彼女の顔をじっと見つめた。

「だって、普通の男子って営業とかするもんじゃないの?コピーライターって、潰しもきかなそうだし」

「ああ、まあ、な。ただ文章を書くことが好きだっただけ。深い意味はないな」

「ふ~ん、以外に簡単な理由なんだね」

 真由は楽しげに笑って、テーブルの上に置いていた藍野の缶ビールに断りもなく口をつけ、アルコールに緩んだ目元で意味深に彼を見つめた。
 いつもの藍野であれば、この状況を見逃すことなくすぐにでもターゲットを二人きりになれる場所に連れ去るところだが、今はそういう気分になれなかった。真由と話していてもブース横に佇む男の存在が気になってしまい、常に目の端で存在を確認している。

「もしかして、踊りたい?」

 フロアの前方を気にしている藍野に、真由は少しからかう調子で訊いてくる。

「…いや、それはない。けど…」

「そう? でもフロアが気になってるみたいだし…」

 真由は藍野が見ている視線の先に目を移すと、「あ」と何かに気付いたように視点を固めて言葉を続ける。

「もしかして藍野くん、彼に気付いてたんだ? 松浦友哉。まあ、有名な空間プロデューサーだもんね。彼がこの店のオーナー兼デザインを手がけたのも知ってたの?」

「松浦…友哉?」

 その名前に聞き覚えがあった。
 たしか、どこかの雑誌で見た名前だっただろうか。何度か紙面で目にしたことのある名前だ。

「藍野くん、彼に興味あるの?」

 真由の言葉に、彼から目を離せない胸の内を読まれたようで、藍野は大きく揺れた自分の鼓動に気付く。

「…え、俺が? どうしてそんなこと聞くんだ?」

「だって、藍野くんはライターでしょ。うちみたいなハウスメーカーの仕事もしてるから、空間プロデューサーの彼には興味あるかと思ったんだけど?」

 真由は藍野の質問に不思議そうに首を傾げた。

「あ…まあ、そうかもな」

「でしょ。じゃあ~。わたし、彼をちょっとだけ知ってるから紹介してあげるねっ」

 悪戯めいた表情でいきなり藍野の手を引っ張った真由は、フロアで踊っている客達を強引に掻き分けてDJブースへと進んでいく。

「ちょ…、待てって!」

 藍野は真由の予想外な行動に惑いながら、大きくなる胸のざわつきを感じていた。
 彼女に手を引かれて一歩一歩ブース横の男に近付くたび、その胸騒ぎは乗算されて膨れ上がる。
 そしてすぐ目の前に、さっきまで関わることなど想像もしなかった男の存在が置かれたとき、特別に異質な空気感が漂ってくることが手に取るように解った。

 こいつは…。

 藍野は急に呼吸が浅くなったことを感じながら、真由が男の傍らに近付いて耳打ちをしている姿を眺めていた。
 真由が藍野に視線を投げてくる。それに乗じて男がゆっくりと顔を向けてきた。

 照明の加減だろうか、切れ長の不思議な色を持った瞳が、とても妖美に映し出されて見える。微かに笑みを滲ませた形のいい口許。同時に複雑な圧迫感が、藍野の全身を余す所なく巡らされた。

 危ない…… 呑まれる?!

 頭にはその言葉だけが浮かんだ。

 そして─

 藍野は意識を失った。