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BL小説「欠片を紡ぐもの」21

惑うもの4

ここも、全く違う…。

 弧を描くカウンターが目を引く、整然と黒で統一された店内。無駄なものが一切なく、テーブルや椅子などは洗練されたデザインで未来的だが、心を動かされるものはない。
 一件のショットバーへと足を踏み入れた藍野は、入口近くで愛想よく挨拶してきたスタッフには目も向けず、客の居ないカウンター席に座った。

「いらっしゃいませ」

 藍野はスタッフが持ってきたメニューには目もくれず、「ジンバック」と素っ気なくオーダーすると、カウンターの上の灰皿を近くに寄せて煙草に火を点けた。
 これで八件目になる。松浦友哉がデザインした空間を調べあげ、カフェ、ラウンジ、公園のほか、病院の待合室まで足を運んだ。そしてその場所に友哉と関わった人物がいれば、彼について知っていることを聞き出した。
 だが、これといった彼の情報は手に入らない。友哉はプロデューサーとして、よほどのことがない限り表に出てくることはないようだ。

 やはり、[Feed]は特別か…。

 [Feed]に居た彼は、目立つ行動はしていなかったものの、あの場所に居ることが然も当たり前という存在感だった。他の空間にはほぼ顔を出さない彼が、[Feed]にだけは自ら立ち寄っているようだ。
 このバーで友哉の話を聞いてみたところで、きっとまた何の情報も見つからないだろう。そう思いながらも、藍野はカウンターからジンバックを差し出してきた、シャツに蝶ネクタイという正装のマスターらしき人物に声をかけてみた。

「ここのデザイン、松浦友哉が手掛けたんだよな?」

 愛想ない客に突然質問されたマスターは、一瞬視線を固めたが、すぐに笑みを浮かべて答える。

「ああ、あなたですか…」

「え?」

「いや、ね、近々この店に松浦さんのことについて訊ねてくる人が来るだろうと見越していた人がいましてね。ま、その彼ももうすぐいらっしゃるでしょう」

 藍野は、マスターの言葉の意味が分からず、眉間に皺を寄せた。

 誰だ? 砂川永輝か?

 再び煙草に火を点けて煙が流れる空間に目をやりつつ、自分の行動を見透かしている人物がいることに薄気味悪さを感じていた。ここのところ、頻繁に誰かに監視されている視線を感じる。同じ人物なのだろうか。

「まあ、ゆっくりしていってください」

 固い表情の藍野ににっこり笑ったマスターは、チャームのナッツをテーブルに置いて、煙草の火が消された灰皿を取り替えた。
 明日は友哉のインタビューの予定日だ。彼に会うまでにできるだけ多くの情報を手に入れたかったのだが、どれも浅いものばかりで取り立てて役立つものはない。
 友哉本人も、彼のデザインも、調べるほどに他人が深入りすることを拒んでいるような趣があった。

 ジンバックを二杯ほど空にした頃、店に入ってきた客に視線を投げたマスターが、藍野に小声で囁いてきた。

「ほら、来ましたよ」

 咄嗟に視線を上げて入口の方向へと顔を向けると、背の高い男の姿がある。

「…はあ。なるほど…」

 藍野は納得した表情で苦笑いした。
 精悍な顔立ちに、相変わらずな無表情振り。近付いてくる黒づくめの背の高い男は、いつも友哉の傍に居る玲巳だった。
 松浦友哉がデザインした空間を訪れては彼の情報を訊ね回っている男の噂を、玲巳なら耳に入れることができるだろう。
 全くそ知らぬ顔で藍野の隣に座った彼は、マスターにウォッカを注文した。

「俺がここに来ること、分かってたんだ?」

 藍野は口許に笑みを浮かべ、さりげなく呟くように玲巳に聞いた。

「ああ。友哉を調べ回っているヤツがいるって耳に入ってきてたからな。そのうちにここにも来るだろうって分かってた。…で、何か面白い情報はあったのか?」

 淡々とした言い草で、彼は前を向いたままカウンターに腕を組んで両肘を付く。

「べつに。ただ、松浦友哉を調べると、あんたが釣れるってことが最大の情報かな」

「…単なる偶然だろ」

 玲巳はマスターがコースターの上に置いたウォッカをほぼ一息で飲み干して、二杯目を催促するようグラスを差し出した。

「明日の取材が終わったら、もう友哉には近付くな」

「…どういうことだ?」

「周りでうろうろされるだけで不愉快だ。それに、職業柄なのかは知らないが、興味本位であいつに近付くな。と言ってるんだ」

 何を見るでもなく、前を見据えて言葉を落としていた玲巳を、藍野は息を詰めて見つめた。

「あんたにどうこう言われる筋合いはない。…てかさ、あんたは一体松浦さんの何なんだ?マネージャーのつもりか?付き人か?」

 藍野は苛付きを隠さず、攻撃的な色を浮かべた瞳を玲巳に向けた。
 隣で冷静沈着に話しているこの男が気にいらない。常に友哉の傍にいて彼の全てを理解しているとでも言いたげな余裕が、藍野の癇に障った。
 玲巳はマスターから二杯目のウォッカを受け取り口を付けると、刺すような視線を向けていた藍野を嘲笑う態度で言葉を落とす。

「もしかして、嫉妬してるのか?」

 馬鹿にした彼の笑いに我慢ができなくなった藍野は、派手にテーブルを叩いて立ち上がったが、面白い玩具を目の前にしたような表情で見上げてくる玲巳に、更に苛立ちを募らせる。

「かもな!」

 瞳を食いつかせて呟くその言葉に、玲巳は呆れた苦笑いを浮かべ、視線を再びグラスに落としてウォッカを口に含んだ。
 勢いに任せて伝票を取った藍野はその場を去ろうとしたが、素早く玲巳に腕を掴まれ強い力で引き止められた。

「置いていけ。俺の奢りだ」

「…いや、高くつきそうだから遠慮する」

 彼の手を振り払った藍野は、伝票を掲げて笑ってみせた。

「好きにしろ…。ただ、明日の取材で友哉と関わるのは最後にしろ。…でないと、お前、死ぬぞ」

 さらっと言い放つ玲巳の言葉に、一瞬藍野は身体を固まらせたが、その表情に彼独特の扇動的で好奇な色を浮かべて口許で笑った。

「忠告、どうも」