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BL小説「欠片を紡ぐもの」22

惑うもの5

 翌日、友哉の取材場所が急遽変更になり、藍野は呼び出された別の指定場所へと向かっていた。
 その場所は電車で一時間半ほど揺られた自然の多い郊外。小さな駅に降り立った彼は、遠くに見えている山頂を眺め、澄んだ空気に自然と深呼吸をした。

 児童養護施設の図書館…か。

 友哉が携わる商業寄りの空間デザインは、目新しい斬新なものが多い。それだけに、今回のような公的、福祉的な施設を取材場所に選んだ理由が解らなかった。
 地図で施設の場所を確認しながら歩み進めているうちに身体が汗ばんできたが、コンクリートで塗り固められた土地の暑さと比べればどこかすがすがしく感じられる。

 駅から徒歩十分ほど歩いた頃、向かう目的地に着いた。何の変哲もない学校のような三階建の建物。正門を入ってなだらかにカーブした坂を上がると広い園庭に繋がり、その先に正面玄関がある。
 庭を横切って玄関ドアから施設内に足を踏み入れると、受付の小さな小窓を開けて顔を覗かせてきた管理人らしき初老の男性を見つけた。

「すみません、あの…」

 藍野は慌てて鞄から名刺を取り出そうとしたが、管理人は、「ああ、ライターの人か。あっち。廊下の突き当たりを外に出て」と、廊下の奥を指さして、すぐに愛想なく顔を引っ込めた。
 彼のすげない態度に惑いながらも、藍野は廊下を先へと歩いていった。両側に部屋の扉があるが、物音一つ聞こえてくることもなく、自分の足音だけが微妙に響き渡っている。
 突き当たりの外へ出る扉を開けると、向かいに中庭を挟んで施設の別棟がある。そして、そう広くはない中庭の真ん中に、中央部分のガラス張りが印象的なツタが絡まる長細い建物があった。

 あれは…。

 藍野にはその建物が友哉のデザインしたものだと直感で察することができた。
 まず目を引くのは、楠木の巨木が建物の中心から天井を越して空に突き抜け、青々と生い茂り伸びていることだった。彼の住居と事務所に使っているマンションにも緑が多く植わってたが、そういう人工的なものではなく、元々息づいていた木を活かしているようだ。
 建物に近付いてみると、近代的なイメージのデザインではあるが、基礎は木造だと解った。だからだろうか、施設の中庭にあっても馴染んで見える。
 藍野は、わずかに気持ちの高まりを感じながら建物の入口から足を踏みいれた。

 やはり、松浦友哉の空間だ…。

 建物の中心に配置された楠木をメインにした空間。幹を囲う周辺は全てガラス張りで、そこの空間だけが明るいライトを浴びているかのように光が入り込んでいる。天井を高くし、楠木を挟んだ前方と後方に本棚をゆったりとした間隔で並べていることで、狭さからくる圧迫感を緩和させていた。床には茶系色の砂利が敷かれ、ところどころに自然な形で高山植物系のロックガーデンが作られている。
 ランダムに設置された高い天窓から柔らかく光が注ぎ込まれ、心地よく草木の命に抱き込まれた感覚。[Feed]とは全く違う様相だが、包み込まれる肌触りと回帰願望を刺激してくる空間は、紛れもなく友哉が作り出したスペースだった。

 小さな建物内を入口から一番奥の閲覧席まで一通り探索するのに十五分とかからなかった。職員や子供達は他の部屋で学習中なのか誰の姿も見えない。静けさの中に一人でいると気持ちが安らいで、随分と長くこの場所に居るような気分になった。
 藍野は壁に掛けられた時計が友哉との約束の時間の午後二時を差していることに気付き、とりあえず入口で待とうと本棚の間をすり抜けていく。

 ちょうど楠木の幹が見える中央部分にさしかかった瞬間、視界に入った人物の姿に胸の奥が締め付けられる感覚を覚えて足を止めた。
 さっきまで誰も居なかった木の根元に友哉の姿がある。白いカットソーに、カーキのローライズパンツ姿の彼は、巨木に片手を置いて静かに真上を見上げていた。何の飾り気もないカジュアルな服装なのに、その姿は光に包まれきらきらと輝いて見えている。

 本物か…?

 見上げている彼の瞳の先は、遠く彼方に向かっていた。今にもその身体が透けて溶けてしまいそうで、幻に思えた藍野は息を潜めて友哉に近付いた。

 彼の背中に静かに手を伸ばそうとしたとき、数人の子供達がはしゃぐ賑やかな声が入口付近から聞こえて思わず手を引いて数歩下がる。子供達はばたばたと足音を立てて館内を前方から走ってきた。

「友兄!」

 小学生の低学年くらいだろうか、男の子が二人と女の子が一人。
 友哉は転びそうなくらい勢いよく走ってくる子供達を待ち受けるように、手を広げて上半身を少し屈めた。柔らかい笑顔を作った彼は、全身を弾ませ抱きついてくる子供達を力一杯に抱きしめている。

「こらこら、そんなに引っ張らない」

 子供達に手や服を引っ張られながらも、とても幸せそうに笑う友哉の姿がある。

 なん…だ?

 藍野は目の前の思い掛けない光景に、まるで別人を見る面持ちで友哉を見つめていた。子供には関心すらなさそうに見えていた彼だが、その瞳には深い情愛が浮かんでいる。

「友兄、聞いて! 僕、算数百点とったよ」

「誠くん、先に言うなんてずるい、萌だってとったんだから!」

 子供達は必死で友哉に話しかけ、彼を独り占めしたくて仕方ない様子だった。

「ほら、前から言ってるだろ。ここは本を読む場所なんだから、静かに。ね」

 柔らかい口調で彼は優しく嗜めたが、子供達は声を抑えはしても話すことをやめず、友哉から離れようとはしない。