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BL小説「欠片を紡ぐもの」24

惑うもの7

 真ん中に配置されている楠木がスペースの心臓部。[Feed]と同じく、何かの体内に包み込まれている心持ちになる。それが何なのか、自分の感覚を探りつつ楠木を見つめていた藍野だったが、懐かしいという漠然とした手触りだけで明確なものは出てこなかった。

「この施設は、どこで知ったんだ?」

 何気なく藍野は疑問を口にした。
 児童擁護施設という場所は友哉には縁遠いと思われる場所だが、ボランティアにでも来ているのだろうか。

「…ここは、しばらく世話になった場所だからな」

「世話?」

 一瞬、藍野は彼の言葉を理解できずに聞き返した。

「そう。両親を亡くしてから数年間ほど、この施設で世話になった」

 さらっと話す内容ではないはずだが、彼は特別な感情の揺れも見せずに話していた。
 友哉の立ち居振る舞いに感じ取れる品から、彼が恵まれた環境で育ってきたものとばかり思い込んでいた藍野は、気持ちが大きく揺さぶられた。

「そう…か。図書館を寄贈したのはその理由もあるんだな」

 藍野は取り立てて深くは追求せず、友哉のテンションに合わせて世間話のように会話を続けた。

「まあ、ここを自分の作品だと公にはしていないけれどね…」

「それにしても、この施設にはよく来ているみたいだな」

 子供たちの彼への懐き方を見れば、友哉が施設に足繁く通っていることは一目瞭然で、この場所への思い入れが強いことが伺い知れた。

「ここに居る子供達の未来のために何かしたかったっていうのもある…。なんてな。俺が言うと奇麗事に聞こえるかもしれないけれど」

「子供が好きなのか?」

「…さあ。まあ、俺は子供を産めないからな」

 友哉は、冗談なのか本気なのか解らない表情で笑んで見せた。

「…当たり前だろ?」

 怪訝な表情で訊く藍野に、可笑しそうに笑ってみせた友哉だったが、その瞳にはまだわずかに影を感じる。

「で、それはいいとして。さっきの質問。ここに呼んだ理由。分かるか?」

 友哉は、壁に肩肘を付いて身体ごと藍野に向きを変えると、再び同じ質問をした。

「え…? あ、いや…。そうだな、今回の記事の中に、未公開にしていたここのデザインのレポートを取り上げてほしいとか?」

 全く見当のつかなかった藍野は思考を巡らせて答えるが、友哉は微笑んで軽く首を振っただけだった。

「…じゃあ、ぅん?…想像つかないな。どうしてここに呼んだ?」

「静かだからインタビューに最適だろ?それに、君と二人きりにならない場所だからだ」

 友哉の口調がわずかに変わり、視線に艶めいた色が浮かんだ。

「は?」

 構えを見せて低い音で聞き返した藍野に、友哉は鮮やかに微笑んで言葉を続ける。

「君と二人きりになると、俺は手を出したくなるからな。ここなら子供達が居るから二人きりにはならない。だから、抑えられる。って思ってね…」

「はぁ?」

 目を見開いて思わず一歩後ずさった藍野だったが、素早く延ばされた友哉に腕を取られ、さらに動揺を重ねる。
 友哉は慌てる藍野を艶美な視線で制してゆっくりと距離をつめた。

「な…冗談はやめろよ…」

「冗談じゃないさ。ただ少し計算違いだった。さっきから誰の姿も見当たらない。子供たちはどこかに遊びに出ていったようだ」

「いや、あのさ…、またすぐ戻って来るだろ」

 ひきつった笑いを浮かべた藍野だったが、友哉の瞳から目を離すことも逃げることもできない。

「心配するな。さすがに、子供達がいつ戻るか分からない場所で君をどうにかするつもりはない。構えるな」

「じゃあ、離せ…よ」

 藍野は、胸を衝かれる動揺を覚えながらも、掴まれた手首に感じる友哉の体温に気付いた。
 前回は氷のように冷たかった身体に、今は血の通った暖かさが戻っていることが分かる。体温が体調のバロメーターになるわけではないだろうが、藍野は彼の手の暖かさに少し安心した。

「体調は…。良くなったんだな」

 彼は緊張していた瞳を和らげ、目の前にいる友哉を真っ直ぐに見つめた。
 一瞬、瞳の動きを固めた友哉は、困った表情に少し笑みを重ねると、いきなり藍野を挟んで後ろの壁に両手を付いた。

「君はどうしても俺を揺らせる…」

 深く心の中まで見透かす友哉の強い眼差しが、藍野の動きを再び止めた。
 目の前の美しく透ける瞳に取り込まれる。ゆっくりと近付けられた唇、柔らかく触れてくるその手の温もりから、藍野の身体中に熱が広がった。離れなければと頭で考えるほど、何気に腰に回された腕や、甘く絡めてくる舌から逃れられなくなる。全てが心地よく解され、身体が勝手に開いていく感覚に酔いしれそうになった。
 ふと友哉の腕の中に納まってしまっている自分に気付いた藍野は、咄嗟に顔を背けて逃げるように数歩横へと移動した。

「や…めろ。言ってることと行動が違う。なんのつもりだ…」

 再び構えを見せる藍野に、友哉は不思議そうな表情を向けた。

「どうして避ける?君は俺を求めてる。俺と触れ合いたい、そう思ってるだろ?」

「やめろ!なんでそうなんだ?あんたの、誰に対しても思い上がった態度が気に入らない。それに俺は男だ。あんたを求める筈がないだろ!」

 強い調子で言い放った藍野だったが、苦しげな表情を作って視線を落とし、苛立たし気に髪をかき上げた。
 友哉に自分の想いを見透かされ、何の配慮もなく言葉で指摘されたことに憤りと恥辱を感じた。同性に惹かれる自分自身を受け入れきれない彼は、揺れる感情に混乱するばかりだった。

「藍野」

 友哉の気遣うような声音が響く。
 微かに視線を上げた藍野に、友哉は落ち着いた声で言葉を続けた。

「俺が君以外の誰にも手を出さなければ、俺を受け入れられるのか?」

「馬鹿にすんな…。あんたが誰を抱こうと関係ない。受け入れられるはずがない」

 藍野は即答すると、少し挑発的な瞳で笑んで友哉を見据える。
 藍野の態度に、状況を楽しむよう腕を組んだ友哉は、美しい瞳を少し細めて嫣然と笑んだ。

「君はやっぱり面白いな。これだけ俺の誘惑に耐えられるヤツははじめてだ。絶対に落としたくなる」

 根拠のない自信めいたものを感じさせる友哉の言葉を藍野は鼻で笑った。

「絶対にあり得ない」

 藍野はそう断言すると、動揺が表情に出る前に友哉から背を向けて、「じゃ、またメーカーから近いうちに連絡があると思うから…」と、素っ気なく呟き、入口の方向へと足を進める。
 後ろに居る友哉の視線を背中に感じていた彼だったが、振り返らずに図書館から外に出た。