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BL小説「欠片を紡ぐもの」25

惑うもの8

 絶対に、あり得ない…?

 藍野は思わず口にした自分の言葉に自嘲した。
 友哉のそばに居る間中、胸の高鳴りと気持ちの高揚は消えることなく、そして離れた今も全く治まろうとしない。このまま友哉と関わり続けれれば、否応なくどこまでも惹かれていってしまうことに気付いていた。
 複雑に絡んだ想いを抱えたまま、急ぎ足で児童養護施設の建物から出た藍野は、目の先の門の外に人影を感じて目を向けた。

「佐々木さん」

 聞き覚えのある、男性にしては少し高い声。
 声の主は、門の影から特徴的な片笑窪でにこにこと笑んで近付いてくる。

「…砂川さん?どうしてここに?」

 藍野は思いがけない場所に突然姿を現した永輝を、少し訝しむ顔つきで見つめた。
 Tシャツとチノショートパンツという軽装。カメラは携えているものの、この辺鄙な場所に来た理由は本来の仕事が目的ではないだろう。

「佐々木さんが今日松浦友哉に取材するって坂崎さんに聞いたんで。僕にもその内容を教えてもらおうと思って」

「は?わざわざ…こんなところまで?」

「まあ、ね。ほんとは松浦友哉に会いたくて来たんだけれど、僕には絶対に会ってくれないみたいです…」

 太陽の光が永輝のさらさらの髪を輝かせ、にこりと笑う表情が彼独特の稚さを引き立てる。
 だが、藍野は彼の瞳が乾いていることが気になった。表情と反比例した無機質で負の感情を押し殺しているような色。

 関わらないほうがいい。

 無意識に悟った藍野は、

「それは残念だったな…」

 と、他人行儀に言葉を流し、止めていた足を再び動かして駅の方向へと歩きはじめた。

「で、教えてもらえますよね? 松浦友哉を取材した内容」

「教えるもなにも、今回の取材はメーカーとのコラボの内容ばかりだし、きっと砂川さんが欲しいネタはないと思う」

 数歩後ろから付いてくる永輝に、藍野は素っ気なく答えた。

「…なら、取材以外で話した内容でもいいです。そうだな、たとえば彼がこの施設に入所していたということなんて、聞いてるんじゃないですか?」

 永輝の言葉に、藍野は振り返って彼見下すように一瞥したあと、歩くスピードを速める。

「あれ、何か気にいらないこと言いました?」

 藍野は後ろから追いかけてくる永輝の声に反応を見せず、黙って足を運んでいた。
 公にしていないはずの友哉の身上を永輝が知っているということは、すでに彼の裏情報なるものを調べているということだ。
 友哉が兄を殺害したと疑っている彼は、友哉の近くに居る人間に対しても同じように敵意を持っている。その憎悪を感じ取った藍野は永輝の挑発に乗らないよう沈黙した。

「せめて質問には答えてくださいよ。松浦だけじゃなく、あなたにも無視されるときつい…」

 永輝は足を速めて藍野の隣に並び、顔を覗き込ませてへつらうように笑った。

「きっと、俺の情報からは新しいものは得られないよ。砂川さんのほうが松浦友哉を知っていそうだし」

 藍野は嫌味を込めて口の端で笑ってみせたが、永輝は落ち着いた表情の上に、なぜか勝ち誇った笑みを浮かべて答える。 

「僕は新しい情報が欲しいんじゃない。あくまで、あなたから松浦友哉の話を聞きたいんだ。あなたは、松浦に気に入られてる人間だから」

「は?俺が?勘違いだ」

 呆れた顔で永輝を見つめた藍野だったが、自分の気持ちが大きく動揺したことに気付いた。

「いえ。彼があの施設に呼ぶなんて、佐々木さんは相当に信用されてます。あなたは知らないかもしれないけれど、あそこは特別なんですよ」

「特別?」

「そう。児童養護施設というのは建前です。たとえば著名人の愛人の子供だったり、身上が漏れると困るような、相当にワケありの子供しか入所できない施設らしいですよ。だから松浦友哉もそういう人物ってこと」

 面白がる表情で藍野の顔色を伺いつつ話していた永輝は、ふふっと笑って言葉を続けた。

「それに、気付いてないかもしれないけれど、あなたには内から滲み出る色気がある…。あの好色の松浦が目をつけないはずがない」

「あのさあ…、どこまでヤツのことを調べているのかは知らないが、俺は一切関係ない」

 冷たく言い放った藍野は、話しかけられることを拒否するように永輝から顔を背けた。
 友哉の肩を持つつもりはなかったが、永輝の眼差しに映る疑惑が絡み付いてくるようで、反射的に避ける態度を取って足を進める。

「待てって」

 永輝はいきなり藍野の肩を掴んで低く意味深な音で言葉を落としてきた。

「なら、僕の兄が掴んでいた松浦友哉の特別な内情なんて、全く興味ないってこと?」

 足を止めて永輝の表情を目の端で確認した藍野だったが、そこに試す色が浮かんでいることに気付くと、彼の手を払って無言で再び歩き出した。
 反応の薄い藍野の態度に、焦れた永輝の声が後ろから投げつけられる。

「明日七時。必ずうちのスタジオに来てください。面白いものを見せてあげますから!」

 余裕と自信を見せつけた声音の中に切羽詰った音が混ざって、藍野の背中に当たり弾けた。
 藍野は、〝友哉の特別な内情〟という永輝の言葉が気になりながらも、無関心を装って歩き続けていた。