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BL小説「欠片を紡ぐもの」4

堕ちゆくもの1

 翌日、自分の部屋で喉の渇きとともに目を覚ました藍野は、身体を起こして重い瞼が開き切らないうちにキッチンへと足を運んだ。
 冷蔵庫を開けて、2リットル入りのペットボトルの水にそのまま口をつける。乾いた土を潤していくように、水分が身体を巡ることを感じた。

 呑みすぎたか…?

 寝起きではっきりしない思考をもてあましながらも、リビングのテレビをつけて時間を確認する。
 今日は土曜。本来なら休日のはずだが、週中に重なって仕事が入り、休みを返上しなければ納期には間に合わない。
 いつもの朝と同じく顔を洗い歯を磨いているうち、ぼんやりしていた前日の記憶がはっきりと蘇ってきた。昨日という日を忘れ去ってしまいたい。園田真由とのデートのはずが、松浦友哉という空間プロデューサーに会ってからは、とんでもなく苦々しい流れに一転した。

 珈琲を入れテレビの前のソファに身を沈めて落ち着くと、クラブで起こった出来事が鮮明に思い出されてくるのだが、ほんの合間だけ記憶の輪郭がぼやけて定まらない。フロアで失神した後、VIPの奥の部屋で真由と友哉の艶事を目にしたことは確かだが、無意識にシールドしている部分がある。思い出せそうで思い出せない、そして思い出したくない微妙な記憶だった。

 すぐに全部忘れるだろう…。

 額に落ちてくる前髪をかき上げ、すっきりしない気持ちのままテーブルの上に投げ捨てていたフライヤーを手に取った。
 ステープラで止められ、雑に折り目の付いた薄くて簡易なフライヤーの束。

 あのクラブに置いていたものか?

 持って帰った覚えはないが、[Feed]を出るときにスタッフに手渡されたのだろう。
 ポケットの中に突っ込んでいたものを、帰宅したとき無意識にテーブルの上に出していたのかもしれない。
 何気なくフライヤーをぱらぱらと捲って眺めていた藍野は、その中の一枚に目を止めた。 それはライブハウス&ダイニングバーのオープニングパーティーの案内で、他の広告とは一線を画す高質な紙とデザインが目を引いた。手に取ってよく見ると、フライヤーの下方がディスカウントチケットになっている。興味深げに見つめ、裏面に目を通した彼は、そこにあるゲスト名に吸い込まれるように目を奪われた。

 松浦友哉─

 藍野は、その名前を見た瞬間、異様に動揺した自分を感じた。
 しばらく瞬きもせず考え込むようフライヤーを見つめていたが、チケットの部分だけを切り取ってくしゃりと片手で丸めるとゴミ箱に投げ入れた。

 有名プロデューサーさん…ねえ…。

 薄くほくそ笑んだ彼は、再びソファに身を沈めてカップに口をつけた。