にほんブログ村 小説ブログ 人気ブログランキングへ

BL小説「欠片を紡ぐもの」6

堕ちゆくもの3

 真新しい近代的なビルの一階に、不釣合いにも重厚な木製で両開きの扉が見える。
 藍野は扉の手前でオープニングパーティのサインを確認すると、複雑に逸る気持ちを抑えて、スタッフ数名が立っている入口に足を運んだ。

 パーティは二十時から二十三時の予定だったが、残業を終えた彼がライブハウスに着いたのはクローズ三十分前という時間だ。  
 二十二時からはアーティストによるライブが催されていて、そろそろパーティも終盤の佳境に入っている頃だった。

 エントランスを過ぎ、フロントでチケットを渡して中扉を開けると、大音量のライブ音が流れ出してくる。すぐ目の前には大正浪漫を想わせるバーカウンターとラウンジがあり、その先にフロアとステージが広がっていた。
 アーティスト名は確認していないが、ライブ中のバンドは日本人のようだ。ポップで万人受けしそうな音が、オープニングパーティにあつらえ向きで、フロアで盛り上がっている客の熱気がラウンジの空間を挟んでいても伝わってくる。

 バーカウンターに近づいて椅子に座った藍野は、クッション部分のビロードの感触を珍しく感じながらスタッフにビールをオーダーした。
 客はほぼフロアに流れていて周りに人気はない。木のカウンターに銅枠付きの吊り照明。絵画のごとく飾られている十字架のステンドグラスが聖堂を連想させる。ラウンジに置かれているテーブルと椅子は贅沢な猫足家具でモダンな空間を演じていた。
 だがフロアより先の空間は、無機質で硬質、近代メタリックの世界に切り替わっている。
 このライブハウスの空間のコンセプトが、〝融合〟 と、フライヤーに書かれていたことを思い出した。

 過去と未来の融合ということだろうか?

 彼は、理解しづらいコンセプトだと苦く笑って、擦りガラスのコップに注がれたビールに口をつけた。
 クラブを訪れたのは先々週になるが、[Feed]の空間と今居るライブハウスの空間に共通点は見つからない。同じ人物がプロデュースしたとは思えないほどの質の違いに、思わず首を傾げた。

 感じる色か? 空間の手触り?

 グラスを両手に持って考え込む。[Feed]で感じられた独特な圧迫感も懐かしみも一切ないこの空間は、単なるエンターテイメント的なものとしか捉えられない。フロアでは溢れんばかりの客がライブで盛り上がっているが、どこかにわかめいて〝とってつけた〟的な匂いを感じた。

 まあ、金はかかってそうだが…。

 藍野はステンドグラスの精巧さを確認しつつ下世話なことを思い口許で笑うと、残っていたグラスのビールを一気に飲み干して、カウンター内に立っていたスタッフに声をかけた。

「松浦友哉って、今どこに居るか知ってるか?」

「さあ、僕には分かりませんね…。フロアのどこかに居るかもしれませんが、パーティの前半でゲストスピーチは終わったので帰られたかもしれません」

 人の良さそうなスタッフは、わずかに申し訳なさそうな表情を浮かべて答えると、

「おかわりは如何ですか?」

 と、空になっていた藍野の前のグラスを指した。

 頷いた藍野は、片方の手でカウンターに頬杖をつき、盛り上がりが最高潮に達しているフロアを遠目に眺める。あの中に松浦友哉た居たとしても探し出すのは一苦労だろう。

「友哉を探しているのか?」

 いきなり何の気配もなく、低い声が彼の頭の後ろから斜めに落とされてきた。
 反射的に振り返って声の主を仰ぎ見るが、そこには見知らぬ男が立っている。

 誰だ…?

 藍野は微かに片眉を上げて、不審そうに男を見上げた。
 目の前の男は、黒づくめの服装で背が高く、短髪で精悍な顔立ちをしている。その瞳には表情というものがなく感情を読み取れない。男が纏う雰囲気には、他人を緊張させる独特な威圧感があった。

「あんた、誰?」

「お前、友哉の知り合いか?」

 二人は、同時に言葉を発した。
 数秒の沈黙のあと、先に口を開いたのは藍野だった。

「いや、松浦友哉とは一度だけ顔を合せたことがある程度で知り合いじゃない。けど、聞きたいことがあるんだ。あんた、あいつの連れ?」

 その質問に、男は相変わらず感情の色を見せない瞳を藍野に向けて黙って立っていた。

「あいつの居場所、知ってるか?」

 何も答えない男に向かって続け様に質問した藍野に、はじめて表情の揺らぎを見せた男は口許に微かな笑みを浮かべた。

「ああ…、友哉に会いたいならこのビルの上に行け。1623だ。今なら部屋に居るだろう」

 そう言いながら、男はジャケットのポケットからカードらしきものを取り出し、藍野に向かってカウンターテーブルへと投げた。
 藍野は考える余裕もなくそれを手にしたが、ホテルのカードキーだと分かると、わずかに身体を固まらせる。
 このライブハウスが入っているビルは、十二階までがテナント、十三階以上が外資系のホテルになっている。ホテルという個室をイメージしただけで、前回のクラブでの忌々しいシーンが再び脳裏を掠めた。

「あいつは…。今一人なのか…?」

 藍野は、苦々しく笑って男に聞いた。
 あのときと同じような艶かしい場面に出くわすことだけは避けたい。

「…大丈夫だ」

 男は藍野が言った意味を知ってか知らずか、静かにそう答えて一つ席を挟んだカウンターに座った。

「いきなり俺があいつの部屋に行っても、まずい状況じゃないんだろうな?」

「ああ、友哉は部屋に一人でいるはずだ。友哉に会えば、下で玲巳という男に会ってキーをもらったと言えばいい」

 淡々と機械的に言葉を投げてくる男を、藍野は値踏みする瞳でじっと見つめた。

「…分かった。なら、これは借りるとするわ」

 男は相変わらず無表情で何も言わなかったが、〝了解〟の合図に片手を上げてみせ、フロアの方向へと去っていく。
 グラスのビールを一気に飲み干した藍野は、奇妙な動悸とともにカウンターから離れ、アンコールの曲に盛り上がる客達の歓声を他人事のように耳に入れながら出口へと向かっていた。