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BL小説「欠片を紡ぐもの」9

堕ちゆくもの6

 幾種類もの花の香りが漂っている中に、人間的な艶を感じさせる独特な匂いが混ざっていた。
 その香りと頭痛、そして微かな物音で目を覚ました藍野は、広いベッドの上に寝かされていることに気付く。白い天井を目にして慌てて身体を起こしたが、酷い眩暈にうな垂れた。

「気が付いたか?佐々木藍野」

 落ち着いた声がすぐ横から聞こえてくる。
 藍野は、頭のぐらつきを出来る限り抑えるよう、顔をゆっくりと上げて声の方向を見ると、隣のベッドの脇に足を組んで座っている友哉が目に入った。

「君は面白い名前だな。あ、水、そこに置いてるから。飲めよ。ま、すぐに動くことができれば…だが」

 彼は手元に持っているものに視線を落として意味深に笑ってみせた。
 藍野はすぐにそれが自分の財布と免許証だと気付き、目を見張って友哉を見つめる。
 手にしていた免許証を藍野の財布に戻した友哉は、次にカード類などを抜き出して物色していた。

「…あんた、何してんだ?」

「あぁ、わざわざここまで俺に会いに来た奴の素性やその他諸々を知っておこうかと思ってね」

 友哉はしれっと言い放つと、にやりと笑みをつくった。

「素性って…。俺が何をするっていうんだ? それにこの症状、薬か?」

 まだ頭の鈍い痛みは取れず、わずかに動いただけでも眩暈に襲われる。
 アルコールだけでは決して現れない不自然な症状に、藍野は友哉を警戒した目で睨み付けた。だが、友哉はそんな藍野を見つめ、笑みを浮かべたまま静かに口を開いた。 

「…軽く二時間以上は眠っていたか…。すぐに夜も明ける。泊まっていけ」

「は?だから、なんで薬なんか飲ませたんだ?こんなことまでして俺の素性なんて調べる必要があるのか?直接聞けばいいことだろ?」

「あ、それはそうだな」

 友哉はたった今そのことに気付いたという表情をわざとらしく作ってみせ、財布をベッドの脇の棚の上に置いた。彼のどこか的を得ない言葉や、不自然な態度が藍野に不審感を覚えさせる。

「一体、あんたは何をしたいんだ?」 

「悪かったよ。気に障ったなら謝るから」

 その言葉とは裏腹な、この状況を楽しんでいるような薄ら笑いさえ浮かべている友哉に、藍野は気味悪さを感じはじめた。

「とにかく、俺は帰るから」

 少しふらつきながらもベッドから出た藍野は、力の入らない足で無理に床に立って、棚に置かれていた自分の財布やスマホに手を伸ばした
 だが、それを遮るように手首を友哉に強く掴まれ、予期せず身体が硬直する。

「そう慌てるなよ…。あの日クラブでは君を逃がしたが…」

 なに…?

 美しく透明感を持って透ける褐色の瞳に、おのずと吸い込まれる。友哉を警戒していたはずが、いつの間にか見上げてくる彼の瞳に捉われて動けない。
 謎めいた瞳の色と妖艶な眼差しに、思いがけず身体の芯を熱く締め付けられた。

「離せ…!」

 自分の感情の揺れに不安を感じた藍野はすぐに身を引こうとしたが、足に力が入らずそのまま倒れ込みそうになる。
 素早く椅子から立ち上がった友哉に腕を捕まれ、隙をついて強く引き寄せられた。

「なにすんだ、離せ…」

「随分な言われ様だな。君が倒れないように支えただけだ」

 しっかりと背中に回された腕。
 友哉の香りと体温が藍野の胸をかき乱し、言い知れない波を身体に起こさせた。

「だが…。捕まえた以上は逃がすつもりはない…。君は力を抜いて、俺に従ったほうが利口だ」

 友哉は艶めいた声で藍野の耳元に囁いたかと思うと、その甘さとは逆に掴んでいた腕を更に強く握りしめる。

「い…た、離せ!」

 藍野は痛みに顔を歪めて友哉から離れようとするが、全く力が及ばない。

 どういうことだ…?

 全身の力が半減以下にまで落ちている、頼りない自分の感覚に狼狽えた。

「まだ薬が抜けてないんだから、暴れたところで俺には敵わない。…諦めろ」

「薬?やっぱり使ってたんだな。なんの薬だ?」

 惑う藍野に向かって不適に笑った友哉は、おもむろに自分の着ているシャツのボタンを外していった。

「さあ、なんの薬だろう?な…」

 そう言って、藍野の手をシャツを肌蹴た自分の胸に押し付ける。

 この感覚は…。

 藍野は自分の胸の動悸が身体中に響いていることに気付いた。
 全開にしたシャツの下の、筋肉の引き締まった胸に触れていると、少し汗ばんだ肌が手の平に吸い付いてきた。女のそれとは違い、ほぼ脂肪のない、それでいて弾力のある肌の感覚。
 友哉は長い前髪の奥から、藍野を覗き込み挑発する眼差しで見つめる。光か角度の加減だろうか、その瞳が一瞬青みがかった銀色を成した。 

「なあ…、初めて俺に会ったときから、気になってるんだろ?」 

 妖しく誘うよう、視線を熱く絡ませてくる。
 間近で見る友哉の白い肌と褐色の瞳は、更に透明感を持って、冷たさを感じるほど透き通っていた。