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恋愛小説「LOVEメタル」10

悪魔のイケニエ?2

 意外な気持ちで見ていると、隣で矢田がこっそりわたしに目配せし、「じゃあ頼むわ」と鹿嶋に言葉を投げ、ホールに戻っていった。
 彼は、わたしに鹿嶋と会話ができる機会をつくってくれたのだ。いつもながら、本当に気が利く素敵な人だ。
 とろっとした感覚に包まれていたわたしだったが、目の前で洗浄器に食器を入れている鹿嶋を見ると、現実に立ち返った。
 矢田がせっかく作ってくれたチャンスを逃すわけにはいかない。

今、絶対に話さなきゃ!

「あの、これもお願いします」

 まだ手元に持っていたグラスを鹿嶋に渡してから話すつもりだったのだが、プレッシャーがかかっていたのか、思わず手を滑らせて落としてしまった。
 大きな音を立ててグラスが割れる。慌てたわたしは、すぐにしゃがんで粉々になったガラスを集めるように両手を伸ばした。

「おい、触るな!」

 鹿嶋の強い声が聞こえた時は、すでに遅かった。
 指に鋭い痛みが走り、切れた傷口から真っ赤な血が溢れ出てくる。

「い…たっ…」

「だから言っただろーが」

 近づいてきた鹿嶋は呆れた声を出すと、わたしの腕を取ってゆっくりと引き起してくる。

「え…?」

 気遣うように扱われたことが予想外で、思わず鹿島の顔を見上げた。

「指、見せろよ」

 そう言って、彼はわたしの両手首を掴んでくる。
 すぐ目の前に居る彼の、息遣いが聞こえそうなほど近い距離に緊張を感じ、指の痛みはどこかに消えてしまっていた。

「つうか、なんで両手? 普通ならねぇぞ。こんなこと」

 いらっとしたような口調に、わたしは小さくなる。
 怪我人にはもう少し優しい言葉がほしい。確かに、両手の人差し指を怪我してしまうなんて有りえない。もっと気を付けるべきだったと反省はするが、グラスが割れた音が想像以上に大きくて慌てふためいてしまったのだ。
 彼は、手早く近くに置いていたキッチンペーパーで傷口をくるんでくると、血を止めるように、わたしの両指を片手でまとめて強く握ってきた。

「…え?」

「このまま動くなよ」

 手を離してバックヤードの方へと歩いていく彼の後姿を見て、今、なにが起こっているのだろうと戸惑った。
 数分後に戻ってきた彼の手には店の備品の救急箱があった。再びわたしの両指を片手で握った彼は、箱のふたを開けて中に入っている薬を物色した。

「ろくなもんねー…」

 マジでなにが起こっているのだろう。
 この無愛想な悪魔が、手当て? をしてくれている? 意外すぎる状況に、自分の立場がよく分からなくなる。彼はバンドエイドを救急箱から取り出すと、一枚を口に銜えて片手で外紙を外しはじめた。

 !!
 なに…? この動悸は…?

 彼の横顔を目にした途端、心臓が自分でも驚くほど大きく動いた。
 わたしの指を見つめる、わずかに伏せられた長い睫の琥珀色の瞳に、どことなく妖しい色を感じて目を奪われてしまった。なにより、彼が口に銜えたバンドエイドに、異様なドキドキを感じる。

 なんで???

 しかも外紙をはがす彼の手は指が長く、かと言って華奢でもなく、バランスがよくてセクシーだ。

「ん?」

 わたしの食い入るような視線に気付いたのか、彼は何だ? とでも言いたそうな瞳を向けてくる。その透明感のある、光の加減で微かに紫を帯びる瞳に間近で出会うと、さらに動悸が大きくなった。

「あ…ありがと、すぐ血も止まると思うし、あとは一人でできるから…」

 自分の予想外の反応に慌てたわたしは、笑顔を作って誤魔化す。

「じゃ、これ」

 わたしの手を離した彼は、にこりともせずバンドエイドを渡してくると、あっさりと背を向けて自分の仕事に戻っていく。
 百合に電話をしてほしいことを、まだ伝えていない。引き止めなければと思ったが、あまりに戸惑いが大きく、胸の鼓動がうるさすぎて声をかけることすらできなかった。

 わたし、どうしたの??

 百合に目を覚まさせるどころではない。
 自らが悪魔のいけにえになってしまいそうな予感がして、大きく頭を左右に振った。