悪魔のイケニエ?6
彼が座っているソファの、テーブルを挟んだ向かい側に空間を見つけて床にぺたんと座った。楽器で埋め尽くされたこの部屋で、他に腰を下ろせるスペースが見当たらない。目の前の彼は、ヘッドフォンをしてギターをいじりながら、なにか走り書きをしていた。
あ、曲、つくってるんだ…。
わたしを全く気にしていない鹿嶋を、テーブルに両手で頬杖をついて観察していた。
なんだか楽だな…。
放置気味、ということが、とても楽だった。もちろんM気はないが、あからさまに気遣われることは苦手だ。
彼の長い睫が目につく。伏し目がちにギターで音を確認しながら楽譜を書いている。たまに軽くメロディを口ずさむ彼を見ていると、なぜか飽きない。
肩から少し覗くタトゥは、どうしても気になるのだが…。イヤな感じではく、どこかドキドキするような…。
彼は、ふと視線をあげて、わたしをじっと見つめてくる。その瞳は、間接照明のせいだろう、紫がかった漆黒に見えた。
「…え?」
わたしが見ていたことが気になったのだろうか、彼は、微かに笑ってヘッドフォンを外して首にかけた。
「これ、気になるのか?」
首を傾け、肩から覗かせていたタトゥを示してみせた。
「え…あ…」
ばれていたようだ。
「ま、若気のいたり、だ。気にすんな」
彼は、自嘲するように笑んだ。
若気のいたり、って、わたしと同じ歳の鹿嶋は二十一歳なはずだ。一体、何歳で墨を入れたというのだろうか。聞いてみたい興味が湧いたが、また彼にうっとうしがられそうで気持ちを抑えた。
わたし、タトゥフェチなのだろうか…。
自分でも、タトゥへの食いつきように悩んでしまいそうだった。
「もう寝ろよ? ベッド使っていいから」
彼はそう言って、部屋の端に追いやられるように置かれていたベッドに目を向ける。
全く気遣われていないと思っていたが、案外、彼はわたしを気にかけていることに気付く。
まさか、優しい? のかな??
「いいよ。鹿嶋さん家に押しかけたのわたしだから…」
ほぼ強引について来たのだから、寝る場所まで貸してもらうわけにはいかない。
「…好きにしろ」
彼は、いつも通り愛想なく答え、またヘッドフォンをつけた。
とはいうものの、もう夜中の三時を過ぎている。自然と瞼は落ちてきた。ギターの弦の音と鹿嶋が口ずさむメロディを聞きながら、心地よくうとうとしはじめた。
このメロディは本当にメタルなのだろうか。メタルのイメージとはかけ離れた、とても綺麗な旋律に聞こえる。不思議に感じながら、わたしは夢の世界に落ちていった。
揺れている…。
夢の中の暗闇で、なにかふわりと身体が宙に浮き、揺られている感覚があった。
「…!」
は??
わたしは、一瞬なにが起こっているのか理解できなかったが、夢ではない状況を把握すると、目を見開いた。
「起こしたか…」
見下ろしてくる、鹿嶋の顔が、すぐ近くにある。
「え…」
あろうことか、わたしは鹿嶋のベッドに横たわせられていた。ということは、あのふわりとした感覚は、彼がわたしを運んでくれていたということだ。
「あ、ごめんなさい、わたしはいいから…」
まさかの事態に慌てて起き上がろうとしたが、咄嗟に彼が片膝をベッドについて、わたしの上に被さるよう、両腕を押さえてくる。
「いいから…」
すぐ真上にある彼の顔。
妖しく揺れる瞳と少しトーンを落として囁く声に、思考が飛んでしまう。
紫を帯びた彼らしくない優しい瞳に見つめられ、その緊張に堪えられずに、身体を硬くして視線を逸らせた。
ふっと、彼が笑ったことに気付く。
「喰うつもりなんてねぇよ。そこで寝ろ」
彼は、おかしそうに笑いながら、わたしから離れた。
「…」
なんだか、少しむかつくんですが…。
わたしは、そんなに魅力に欠けるのだろうか。いや、誤解はしないでほしい。喰われたいとは思わないが、全くわたしに興味がなさそうな彼の口ぶりに、女子としての魅力がゼロなのだと自覚せざるおえないだけだ。