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恋愛小説「LOVEメタル」16

悪魔のイケニエ?9

 眩しい…。

 カーテンを締め忘れたのだろうか。
 反射的に寝返りをうとうとしたが、身体が思うように動かない。せめて手を瞼の上に置こうとしても、なぜか身動きが取りづらい。
 いつもとは違う感覚に、ぼんやりと目を覚ましたところで、昨日の記憶を思い出した。わたしの部屋ではなかったのだ。目の前に、さらっと流れる前髪の下、伏せられた長い睫毛があった。

「あ…」

 思わず声をあげた。
 知らない間に動いていたのだろう、こちらを向いて眠っている彼の腕の中に、わたしは居た。
 朝から急激に鼓動が動いたことが分かる。普段は低血圧で朝は弱いのだが、今日は数秒で確実に目が覚めてしまった。

「あの…」

 鹿島を出来るだけ静かに起こそうと声を出したが、彼は少し眉を潜めると、

「っさいな…。寝かせろ」

 と、わたしをきつく抱き締めてくる。
 暖かい手が、わたしの頭の後ろと背中に回され、彼の広い胸に抱き締められている自分が信じられなかった。
 しばらく彼の腕の中で息を潜めていたが、自分の鼓動が限界になる。その暴れる動きに耐えられず、もう一度声をかけてみた。

「鹿嶋さん…」

「…リコ、寝かせろって」

 わたしの頭を撫でて、耳元でなだめるように甘く囁いてくる。

 リコ?

 彼の口から出た名前がとても気になった。
 だが、なによりこのままだと心臓が動きすぎて内蔵から飛び出してしまいそうで、とにかく彼を起こそうと再び声をかけた。

「あの…朝なんですが…」

「…ん」

 わずかに開かれた瞼から、透明感のある濃い琥珀色の瞳がのぞく。
 わたしを見ても、すぐには何の反応もしない。

「…朝です」

 苦笑いしたわたしは、じっと見つめてくる鹿嶋に向かって呟いた。
 ようやく目が覚めたように、彼は眉をしかめて自分の髪をまったりと掻きあげた。

「…わるい」

 そう呟くとわたしから離れて、けだるそうにベッドの上に起き上がる。
 だが、片膝を立てた彼は、その上に額をつけて項垂れたまましばらく動かなかった。かなり朝が苦手なように見える。
 その後ろ姿を見つめながらも、ずっと彼が落とした言葉が気になっていた。

 リコ、とは彼女だろうか…。

 もやもやと気にはなるが、わたしがここで「リコって誰?」と彼に聞くとすれば、一瞬で煙たく思われるだろう。

 ようやく、だらりと立ち上がった彼は時計を見ると、わたしのことなど気にせずカットソーを脱いで着替えはじめた。
 目の前に現れた、美しい背中のラインのタトゥに目を奪われ、鼓動が高まり視線を逸らせた。肩から胸にかけてだけではなく、背中の中央まで彫られていることを知り、息苦しくて軽く眩暈がする。

 だから、わたし、何なの!?

 朝から、どれだけ、この人に浮わつかされているだろう。
 わたしの胸を高鳴らせるツボを、こうもピンポイントでついてくるのは、本当に悪魔の仕業じゃないだろうか。
 このままでは、百合を目覚めさせる前に自分が堕ちてしまいそうだった。
 そう思ったとき、ふと、彼女に言伝てされていたことを思い出した。今、伝えておかなければ機会がない。

「…あの、鹿島さん、一度でいいんで、わたしの従姉妹に電話してもらえないかな…」

 着替え中の鹿島から視線を逸らせたまま、頼んでみる。

「は? あんた、まだママやってんの?」

 予想通りの呆れたような返事が返ってきた。

「まあ…そうですが…」

 わたしだって、百合のママ代わりをしたいわけではない。
 ただ、彼女のしたたかさにいつも負けて、言いなりになっているだけだ。

「じゃ、ライブに来いって、言っとけよ」

 鹿島は、ベッドの上に小さく三角座りしていたわたしの前に、チケットを二枚投げるようにして置いてきた。

「…え? ライブって…。チケット二枚?」

 思わず顔を上げたわたしを、彼はふふんっと笑って見下ろしてくる。

「どうせ、ママはまた付き添わされるだろうからな」

「……」

 まあ、そうでしょうが…。

 悔しいが反論できない。きっと、百合はわたしに一緒にライブに来いとせがんでくるだろう。

「あ、それと…」

 続けて彼が投げてきたのは、部屋の鍵だった。

「もう行くから、ここを出るときに戸締り頼む」

「…え?」

「今日、おまえバイトだろ? その時に鍵は返してくれればいいから」

 そう言いながら、彼は部屋を出ていこうとする。

「え、鹿嶋さん…」

「じゃ、よろしく」

 振り返りもせず片手を上げた彼は、扉を開けて出て行った。
 時間を見ると、もう九時前だった。彼のことはよく知らないが、この時間に急いで出て行くところを見ると、やはり学生か、あまり想像はできないが社会人?なのかもしれない。
 玄関の扉が閉められる音がして、わたしは完全に一人で部屋に残された。
 ベッドから立って主がいなくなった部屋を見回し、そのしんとした静けさに寂しさを感じる。
 この部屋にある楽器やレコード、すべてのものが愛しくなって、ずっとここに居たくなった。
 鈍く光る、手の平の上の鍵を見つめる。

 …ストラップも付けないで、失くしたりしないのだろうか?

 彼のものぐささがよく分かるようで思わず顔が綻んでしまったが、その鍵を手にしているだけでも胸を締め付けてくる。

「どうしちゃったんだろ…」

 わたしは、自分の変化している気持ちを感じて、悩ましい憂いを吐くように独り言を呟いた。