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恋愛小説「LOVEメタル」20

マイノリティワールド4

 百合に目を向けると、彼女は青い顔をしつつも、意を決したように立ち上がった。

「美優ちゃん、わたし決めた!行くわ!!」

「あ…うん」

 彼女の気迫を感じる。
 そこまで頑張らなくとも、と思ったが、百合はライヴハウスの扉に向かって、ぎこちなく歩きはじめた。まるで死刑台へと歩いていく罪人のように顔色が無に近く、右手と右足が一緒に出ている。

「わたしが、きっと、更正させてあげるからね…絶対…」

 一人言なのか気合いを入れるための言葉なのか、彼女は小さく笑いながら呟いていた。
 人格崩壊寸前の百合を心配しつつもキャッシャースペースに入ってチケットを渡し、重い扉を開ける。
 胸に響く重い音と暗いフロアにうごめく客達、そしてほの暗い照明が、すぐに感覚を異世界にトリップさせた。ステージは重なりあう人の頭で見えづらいが、彼等の音は情緒的で幻想的だ。その旋律はメロディアスで、なによりヴォーカルの声の透明感が印象的だった。

 透き通ってる?鹿嶋さんの声?

 まるで、少年聖歌隊を思わせる高い声の音色。

 メタルってこういうの??

 メディアで流れていたDMCや閣下の曲を思い出しても、随分と違うことが分かる。たしかにメタルのルーツなど調べたこともなく、音楽を本気で聴いたこともなかったが、イメージが大きく崩された。
 ステージの正面へと移動しようとしたが、客の身体が邪魔をして、なかなか進むことができない。せめて鹿嶋が見える場所にと、百合を連れてフロアに分け入った。
 ステージに目を向けると、Tシャツの上にパーカーのフードを目深にかぶって、マイクを両手で持ち、斜めを仰ぐように歌っている鹿島が目に入る。ライトを浴びるその姿が見えた途端、わたしの心臓を、何かが貫いたような衝撃を受けた。

 なに??

 彼のバンドは特別に派手ではない。客席へのアピールも圧力も感じられないが、底知れないパワーが内側へと向かっている。

 力強く、そして激しく繊細。

 美と醜のコントラストがゆらめくような不思議なサウンドの合間に荘厳なオーケストラ・サウンドが織り込まれている。
 不意に上体を屈めた身体から地を這うような音を出す彼は、高音から低音への音域が広く、一つの楽器のようでとても美しかった。
 歌っているというよりは、自分の身体の音を奏でているような彼の姿に惹き付けられ目が離せない。ステージの上で内に秘める青い炎を背負っているようにさえ見える。

天性…?

 もとより彼は目立つ存在だが、ステージのような光の当たる場所では、更に際立ち偉才を放っていた。なにより、その瞳の表情が妖しく強く印象的で、周りを食い入らせてしまう。
 同時に、バンドのセンスとクオリティの高さがうかがえ、身体の中に熱い戦慄が走った。

 ステージに惹き付けられていたわたしは、百合が腕を引っ張ってきたことで、夢から覚めたように我に返った。
 隣で泣きそうな顔をしていた彼女は、何か言おうとしたようだが声が音に掻き消されてしまい、首を振りながら扉の方向に指をさしている。彼女の口元に耳を近づけると、「外に出たい」と、精一杯の声を出してきた。
 まだしばらく鹿嶋の音を聞いていたかったのだが、仕方なく客で溢れるフロアから外に出た。

「どうしたの?大丈夫?」

 歌を聴きはじめて十五分程度だったが彼女にとってはキツい空間だったかもしれない。
 時折ステージの後ろのスクリーンに流れる象徴的な映像は、逆十字プラス666の数字など、リアルにアンチキリストを示していた。
 苦悩の表情を浮かべていた百合は、ふらふらと掲示板のほうへと歩いていくと、崩れるように壁に寄りかかった。

「…わたし、やっぱり無理…。せっかく鹿嶋さんがライヴに呼んでくれたけれど…。そんな彼の愛に応えられない…」

 ん?今、愛?と言いましたか?

 と聞きたいところだったが、必死でその衝動はこらえて、とりあえず彼女の傍に寄り添った。

「わたしって駄目ね。彼を更正させてあげたかったのに…。彼はわたしに自分をさらけ出そうとしてこんな場所に招いてくれたのに。すごく愛されていても、やはり神様を裏切れないなんて…罪深い女ね…」

 ん?え? 罪深い?

 瞳をうるうるさせた百合は、ダメージを受けているというよりは、自分の世界にどっぷりと入り込んでいるように見える。