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恋愛小説「LOVEメタル」23

マイノリティワールド6

 その中の一人が、端に重ねて置いてあった丸椅子を辺りかまわず放り投げながら、興奮状態で他の男達に殴りかかっていく。

「…え」

 いきなり喧嘩がはじまったようだ。恐怖心で一気に身体の血が降りていった。
 だが、隣で座っていた鹿島は全く表情さえ変えずに落ち着いている。

「…鹿島さん…あれって」

 男達の騒ぐ声を耳にしつつ、嫌な緊張を感じながら彼に声をかけた。

「気にすんな」

「…え?」

「あいつらのバンドではお決まりの乱闘だ。デモストだと思って見物しようぜ」

 彼は涼しげに、そしてまるで状況を楽しんでいるかのように、騒いでいる客と慌てふためくスタッフを眺めて呟いた。

「でも…」

 日常的には見馴れない状況に不安になったが、今座っている席は彼等からは離れていて被害は被りそうにない。

 あ…! そういうことなんだ…。

 乱闘になると分かっていた彼は、わたしをフロアから連れ出し、安全そうな場所に移動してくれたのだろう。
 胸が、くっと締め付けられた。それに、この不自然な座り方は、いざというとき彼がわたしを守るための配置だと分かる。無愛想な彼の、その優しさが息苦しい。
 どうして、こんなにさりげなく優しいのだろうか。今になって亜里沙が鹿島を〝すごく優しい人〟と言った理由が解った気がした。

「今の時代、悪魔も乱闘も流行らないのにな。だからメタルは日本じゃメジャーになれない…」

 頬杖をついたまま、騒ぐ客達を冷めた表情で見つめていた鹿島は、少し寂しげな表情を浮かべた。彼はメタルの表現スタイルではなく、メロディや奏でる音に深い思い入れがあるように感じる。
 思いのほか、騒ぎはスタッフが止めに入ったことですぐにおさまった。やはり、本気で暴れようとしている客はいないようで、一種の〝見世物〟みたいなものだった。

「残念ね…。ああいう人達が居るだけで誤解されるのはすごく勿体ない…」

 ふと落としたわたしの言葉に反応した彼は、こちらに視線を向けてくる。

「あ…、メタルはよく知らないけど、今日の鹿嶋さんのバンド見てすごく衝撃的だったの。曲にもすごく惹かれたし、世界観?っていうのかな、それが癖になりそうな感じで、もっと聴いてみたいって思ったし、それに…」

 ライヴの感想を言葉にしているうちに、つい言いたいことが溢れてきて止まらなくなってしまったが、まじまじとこちらを見つめてくる彼の瞳にはっとして黙った。

「…おかしなこと言ったかな」

「いや…」

 彼は、一言だけそう言って少し目を細めて見せた。

「ごめん、わたしメタルなんて漫画のDMCや、閣下のイメージしかなかったくらい無知なんだけど…。でも、今日、ちょっと…ううん、かなり感動しちゃったから…」

 鹿嶋のバンドの音を思い出すと、少し興奮して饒舌になってしまったのだ。
 それほどわたしにとっては新境地に近い音だったのかもしれない。

「…それは嬉しいな」

 鹿嶋は、わたしを見つめたまま、柔らかく穏やかな表情で微笑んだ。
 はじめて見せるその表情に、瞬時に胸が衝かれる。無愛想な彼の意外な一面、というよりは本当の彼を見た気分になり、どきどきしはじめた心臓を誤魔化すように言葉を重ねた。

「ね、鹿嶋さんの声って音域広いよね? 高音がすごく綺麗で、空を突き抜ける感じで。やっぱりボイトレとかするの?」

 れ? 反応がない?

 その質問に、彼はテーブルの上で腕を組んで、やはり無言でわたしを見つめ返してきただけだった。

「また変なこと言った?」

「…べつに。ただ、女なのにメタル好きってディープな奴だなってね…」

 彼は口許で笑うと、静かに呟いた。

 ディープ? って…。

 なんとなく落ち込んでしまう。ただ、彼等の演奏に感銘を受けただけなのだが…。たしかに、わたしは百合のように、乙女な可愛さはないことは認めるが…。

「ただ素敵だなって思っただけ…なんだけどな…」

「ふ~ん…」

 上半身をこちらに向け、少し考えるように頬杖をついた彼は、わたしを透明感のある瞳で見つめて間を置く。

「…え?…なに?」