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恋愛小説「LOVEメタル」25

そして蝋人形に…1

「あ…」

 ダイニングのバイトが終わり、更衣室を出ようとしたとき、ドアの前に立つ鹿嶋を見つけた。ライヴ以降、避けに避けてきた人が目の前にいる。バンドのキーボーダーなどなれるはずもないわたしは、ともかく彼と顔を合さないようにしてきた。そうすることでメンバーへの誘いを断る意思が通じるだろうと思っていたのだ。
 だが、今日はたまたまバイト終了時間が同じだったようだ。気をつけていたはずが、すぐ前に居る彼としっかりと目が合ってしまった。

「お…つかれさまです~…」

 反応のない鹿嶋に軽く苦笑いをして、横をそそくさと通りすぎようと足をはやめる。

「待て」

 いきなり少し強い口調で引き止められ、思わず足を止めた。

「は…い?」

 見上げたわたしを、何か言いたげに数秒黙って見つめてきた彼だったが、ふと視線を落とすと、ポケットから何かを取り出して渡してきた。

 USB?

「音源と、楽譜データ」

 彼は相変わらず笑顔も愛想も全くない。

「あの…、わたしキーボード持ってないんで…」と、誤魔化すように半笑いしてみせる。

「あ?」

 見下ろし加減に低く呟く彼の瞳が怖い。

「…あと、毎日ほぼバイトに入ってるから、練習もなかなかできないし…」

 その怖さにめげず、キーボーダーにはなれないという意味を込めて伝えようとしたが、彼は、ふんっと笑った。

「ハードに練習しろなんて言わない。助っ人みたいな感覚でいればいい。キーボードなら俺ん家にあんだろ」

「…」

 言葉が返せない。
 簡単に〝うちで練習しろよ〟みたいに言ってくれるが、彼の家など行くと、またよからぬ奇妙な期待と動悸に悩まされそうだ。

 できるだけ、もう彼には近付きたくない…。

 USBを見つめながら言葉を無くしていたわたしの顔を、彼は覗きこんでくる。

「心配すんな」

 その瞳が、柔らかくて戸惑った。
 無愛想な彼から垣間見える優しい表情が、常にわたしを揺らして、素直に従ってしまいそうになる。彼に近付きたくないのは、そういう自分を感じたくなかったからだ。
 つい視線を逸らせたわたしの肩に軽く手を置いた彼は、「ま、無理にとは言わない…。もう少し考えろよ」と、いつもより控えめに言葉をかけてきた。

「う…ん…」

 とりあえず頷いたが、背中を向けて去ろうとする彼の後ろ姿を見つめ、少しせつなくなった。
 何だというのだろう。強引に引っ張られると避けたくなり、少し放置されるとすがりたくなる。自分の気持ちが分からない。
 更衣室を出ていった彼にしばらく時間差を置いて外に出る。自分でもヘタレだと思うが、一緒に途中まで帰るような勇気は持ち合わせていない。

 部屋を出ると、裏口のドアの前で、こちらに背を向けて立ち止まっている鹿嶋の姿があった。電話で誰かと話をしているようだ。

「リコ…? は?」

 少し驚いたような声を出した彼に、つい聞き耳をたて様子を窺ってしまう。
 リコ、とは、やはり彼女なのだろうか。背中を向けている彼の表情は分からないが、圧し殺された声に深刻めいたものを感じて息を潜めた。
 電話をポケットに仕舞った彼は、後ろの気配すら感じる余裕がない様子で、裏口を勢いよく開けて出て行った。彼らしくない慌てた姿に、余程のことがあったと思える。それとも電話の相手が〝リコ〟というだけでそうなっているのだろうか。
 どちらにしても、彼女が特別な存在ということだけは見てとれた。

「…はぁ」

 胸が苦しい。
 リコ、という名前を聞いただけでも、わたしの身体に刺すような痛みが走ったことに気付く。

「だから、嫌なんだってば…」

 壁に凭れたわたしは、伝うようその場所に座り込んだ。
 息苦しい胸の痛みに酸素がほしい。見たこともない人物に妬いている自分が可笑しくなる。自然と落ちてくる冷たい涙を頬に感じて、彼に惹かれている気持ちを確信してしまった。