にほんブログ村 小説ブログ 人気ブログランキングへ

恋愛小説「LOVEメタル」26

そして蝋人形に…2

 しばらく、カフェダイニングに鹿嶋は姿を現さなかった。

 USBを預かった次の日、調理場でちらっと姿を見かけたのを最後に一週間以上が過ぎている。さすがに気になり、バイトの途中でシフトノートの彼の欄を見た。
 前回、鹿嶋が電話で相当慌てていたことを思い出すと、彼女関係のことで、なにかあったのだろうか。

 空白?

 スケジュールの彼の欄が、全て記入されていない。

「あれ? もしかして美優ちゃん、鹿嶋やめたの知らないのか?」

 呆然とノートを眺めていたわたしの後ろから、いきなり矢田が意外そうに声をかけてきた。

「え…やめた?」

 驚きを隠せず、彼を凝視する。

「ああ。やっぱり知らないのか。田山がマネージャーに嫌がらせを受けてたことは、知ってるか?」

「うん、聞いたことはある…」

 いつもにこにこしている亜利砂は、誰に対しても怒ることなく文句を言うこともない性格で、マネージャーにとっては滑降の餌食だったようだ。
 それに彼女は少し前まで鹿島にべったりだった。マネージャーから責められる要素はたくさんあったに違いない。

「で、ちょうど一週間前かな、その日は相当に酷い嫌がらせを受けてたみたいだな。俺が居れば田山を少しはかばってやれたんだけど。で、見かねたあいつがマネージャーに切れたようだ」

「切れた? 鹿嶋さんが?」

 いつも物憂げでだるそうな鹿嶋が切れる姿が想像がつかない。
 かなり酷い嫌がらせだったのだろうか。

「ああ。切れたというか、奴は感情的にはならないけどな…。ちょっとマネージャーを壁際に追い詰めて〝抗議〟したみたいだ…」

「…壁際?」

 なんとなく想像がついて心の中で苦笑いした。
 彼のような口数が少ない人の〝抗議〟とは、態度で示すことになってしまうだろう。普段から〝無愛想〟な彼の〝抗議〟は、脅しのようなものだ。

「で、マネージャーが上に泣きついて、鹿嶋がやめさせられた」

「…」

「鹿嶋、前にも友田さんの件でマネージャーに楯突いてるからさ…。ほんと、馬鹿すぎんだよ。上がね」

 友田とは調理担当の社員で、気が弱くてマネージャーに目をつけられていた男性だった。
 マネージャーの度を越したいたぶり方に、鹿嶋が一度〝抗議をした〟という話は聞いたことがあったが、きっとそれも、半脅しのようなものだったのだろう。

「…田山さんは?」

「辞めたよ。あいつは、鹿嶋が好きでこのバイトにいたようなものだからな…」

「そう…よね」

 なぜかわたしは、脱力した気分で笑っていた。
 鹿嶋の不器用な優しさが、苦しいほど胸に痛い。しかも、友田は男性だから別としても、また亜利砂に諦めのつかないようなことをしでかしている。
 彼は、自分がしていることがどれだけ周りの女子を勘違いさせるかに気付いていないのだろう。
 というか、突き詰めれば、相当に優しいということだ。

 もう、ほんとに…。

 バイトを辞めたなら、それなりに連絡してきてもいいものだろう。
 わたしにバンドの仲間にならないかと誘ってきていたのに、もう放置なのだろうか。だが、いちいち報告などしてくる人ではないことは分かっていた。一期一会という感覚が、彼らしい。この先、わたしから行動を起こさないかぎり、彼との関係は切れてしまうことは想像がついた。とはいえ、アドレスも番号もまだ聞いていないのだが。

 わたし、どうするの??─ 

「…矢田さん、早退します。マネージャーが来たら、適当に伝えておいて」

「え…」

 矢田は一瞬目を丸くしたが、すぐに何か察したように「了解」とうなずいた。
 きっと勘のいい彼のことだから、わたしが鹿嶋に惹かれていることに気付いているのだろう。去り際に「頑張れよ」と声をかけられ、特上の笑顔を返した。

 すぐに更衣室に入ったわたしは、急いで着替えて時計に目を向ける。
 九時四十分。勢いのままに今から鹿嶋の部屋を訪れようと考えたが、今日はバンドのライヴの日だったことを思い出した。前回のMCで、たしか二週間後にまたライヴをすると告知していた覚えがある。
 慌しくビルから出たわたしは、感情が先走るに任せてライヴハウスに向かって走っていた。

 とにかく、逢いたい。顔が見たい。

 他には何も考えられない。それだけの想いで身体が動いてしまう。

 いつの間に…?

 わたしの全てが、すっかり彼で埋め尽くされていることに気付いた。百合の恋をあれほど反対していたわたしが、こともあろうに、その相手を苦しいくらいに好きになってしまった。
 彼までの十分程度の距離が、途方もなく長く感じる。

 一目だけでも、逢いたい!