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恋愛小説「LOVEメタル」27

そして蝋人形に…3

 ライヴハウスに着いて息を整えながらフロアに向かって歩いていると、奥のソファに鮮やかな赤い色が見え、自然と目が惹きつけられた。焦点をあてると、その赤は女性の服だということに気付く。
 ふわっとした長い栗色の髪を持った女性が着ている、ワンショルダーの超ミニワンピースの色。彼女は、隣に座っていた人物の太ももに片手を乗せ、肩に手を置いて、しなだれるように寄り添っていた。

「…あ」

 ソファの背もたれに両腕を回して、彼女を避けるでもなく受け入れるでもなく座っている人物が、ふとこちらに視線を寄越してきた。
 一瞬にして深い紫に見える瞳に吸い込まれる。襟の広い黒Tシャツから覗く、見覚えのあるタトゥが目に入った。

 鹿島さん…。

 彼の眼差しが妖艶に映り、刹那に複雑な感覚が呼び起こされる。
 艶かしさを感じる2ショットから視線を外そうとしたが、ワンピースの女性が、彼の視線を追うようにしてこちらに顔を向けてくる。
 派手な装いなのに下品に感じられないのは、彼女の涼し気な顔立ちのせいだろうか。落ち着いた大人の香がする、美しい女性だった。彼女は、わたしから視線をはずさず、意味あり気に目を細めて口許に笑みをつくった。彼の腰に手を回して身体を押し付けてみせると挑発的な瞳を向けてくる。完全にからかわれていることが解った。
 二人の空気感に居た堪れなくなり、視線を逸らせて背を向け、出口へと足を進めた。

 馬鹿だ…わたし…。

 二人はどう見ても、友達という関係ではない。スタイルがよく色気の漂う大人の女性、彼女がリコさんなのだろう。
 それに、あの余裕な態度は、確実に彼の恋人だ。

「杉本!」

 後ろから鹿島の声が飛んできた。
 びくっとしたわたしは、思わず足を止めてしまった。今更聞こえないふりをすることはできず、覚悟して振り返る。

「おい、来たところだろ?用があったんじゃないのか?」

 見上げると、落ち着いた紫色の瞳が降ってくる。
 彼がわたしを気にかけて追ってきてくれたことは、少しは嬉しい。だが、ほぼ迷惑だった。
 二人を目の前にして平気でそばに居られるはずがない。彼は、わたしの気持ちなど全く分かるはずがなかった。

「…あ、鹿島さんたちのバンド見たかったんだけど、終わっちゃってそうだし」

 ラフなTシャツ姿の彼を見ると、すでに演奏が終わったことは明らかだった。
 本当の理由を誤魔化すため、無理に笑って取り繕う。

「ライヴ、見にきたのか?」

 そう言った彼の後ろのライブスペースから急に客が溢れ出てきた。
 トリのバンドが終わったようだ。帰りはじめていた客の波が横を通りすぎていく。鹿島は、わたしの背中に何気なく手を回し、その波の道から逸らせてくれた。
 背中から伝わる暖かさが全身に広がるようで、何故か胸が苦しくなる。すぐに手を離されてしまったが、その感覚をずっと感じていたいと思った。

「うん、じゃ、残念だけどもう帰るね」

「せっかくだし席に来いよ、メンバーもいるから」

「ありがと。でも今日は帰るね」

 もう、十分だろう。最後に逢えて話せたのだから。
 それにこれ以上、綺麗な彼女の傍にいる彼を見なければならないのは拷問に近い。

「あと、これ、返すね…」

 ずっと鞄に入れていたUSBを差し出した。

「…しかたないな」

 彼は優しい瞳で見下ろしてくると、ふと笑ってUSBを受け取り、「待ってろ」と奥のソファ席へと戻っていく。
 わたしは彼女と居る彼を見たくなくて、視線を他へと向けていた。自分の器の小ささに辟易してしまうが、胸が苦しくてそうするしかなかったのだ。
 彼とはこれから先、もう会うことも少ないだろうが、せめて一人のファンでいようと心に決めた。

 それだけ、伝えて帰ろう。

 数分後、ブルゾンを羽織りながら戻ってきた彼は、自然にわたしの腕を取って、出口に向かっていく。

「え…どうしたの?」

 思わず見上げたわたしに、彼は無言で視線を落としてきた。

 怖い…。わたし、何かした??

「わるいが…帰してやれない。付き合え」

 静かに呟いてにやっと笑った彼は、わたしの腕を取ったまま再び歩きだした。

 え? なに?

 混乱するままに、淡々と歩く彼に引っ張られるように付いていった。