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恋愛小説「LOVEメタル」29

そして蝋人形に…5

「亜里沙ちゃんも、やめたみたい」

「…ああ、そんなこと言ってたな」

〝言ってた〟という言葉に引っ掛かってしまう。
 彼女と、バイトをやめてからも連絡を取っているのだろうか。少し気になったが、自分がわずかに妬いたことを感じると、余計な感情を無理に外へと追いやった。

「けどあいつ、新しいバイトが決まったらしいから…大丈夫だろ」

 ずきっと胸が痛んだ。
 やはり頻繁に彼女と連絡を取っていることが窺え、遠くへ押しのけたはずの嫉妬心が舞い戻ってきた。彼の口から亜里沙のことを気に掛ける言葉が出てくることも、ただの優しさだと分かってはいるが、胸の奥でキリっと痛むものがあった。
 もやっとする嫉妬を感じたくなくて、話の内容を変えるような質問をした。

「鹿島さんはバイト決まったの?」

「…いや。まだ」

 そう言いながら二本目の缶を飲み干して潰した彼は、やにわにそのまま倒れこむようにソファに横になる。

「わるい…今日は疲れた。あとは適当にしてくれ。帰るなり、ここで寝てくなり、好きなようにしろ」

「…え」

〝付き合え〟と誘った相手に対して、ものの一時間たらずで放置状態にしてしまうのだろうか。
 けれど、そういうところも惚れた弱みなのか腹立たしさすら感じない。ソファで光よけに額に腕を当て、本気で眠りに入りそうな彼を見つめる。わたしのために、さり気なくベッドを空けていることも分かった。
 そういう優しさに、いつも胸のあたりが暖かくなり、同時にきゅっとせつなくなる。彼の優しさがとても心地よく感じられるのは、彼自身の強さからくるものだからだろう。
 部屋の電気を消そうかと迷ったが、わたしはもう少しだけ彼を見つめていたかった。

 柔らかそうな髪や、その手に、触れたい。
 その瞳に、出逢いたい。

 自分の気持ちが大きくなりすぎて、手に負えなくなりそうで怖くなる。

 これで最後にしよう。

 全てが苦しい。彼の傍に居ることがこんなにキツくなるなんて、わたしにとって想像すらできないことだった。
 こんな気持ちで近くに居ると、自分が壊れてしまいそうだった。亜利砂は、鹿島に〝リコ〟という彼女がいると知っていたのだろうか。どちらにせよ、亜里沙のように気持ちを全面的にぶつけられればどれだけ楽だろう。素直な彼女と比べると、自分の臆病さが際立って嫌気がさした。
 ソファに横になったままの彼は、すぐに寝入ってしまったようで全く動かない。時計を確認すると、まだ最終電車には間にあう時間だった。
 テーブルの上の空き缶をまとめてごみ箱に入れ、帰る用意をしているうち、消えない苦しさが目を霞ませる。

 苦しい…。

 ライヴを見に行けば彼には会える。近くに居ることができなくなるだけで、永遠の別れではないと自分に言い聞かせるが、心が痛くて涙が止まらなかった。
 泣いてはいけないと思うほどに苦しくなる。しばらく、どうしようもなく溢れてくる涙を声を殺して落としたあと、なんとか気持ちを無理に押し込めて、彼に目を向けた。

 よく眠っていそう…。

 その寝顔を見るとまた込み上げてくるものを感じる。
 慌てて気持ちに蓋をして床に置いていた鞄を取ろうとしたが、ふと、木製の肘掛に頭を乗せている彼が寝心地悪そうに見えて気になった。
 多少のアルコールも入っているのだから、起きることはないだろう。方向転換をしたわたしは、ベッドの枕を取ってソファの前に膝をついた。彼を起こさないように息を潜めながら、枕を首の下に差し入れる。
 うまく嵌まったとほっとした瞬間、いきなり彼の手がわたしの腕を掴んだ。

「…あ、起こした?」

 彼の長い睫の下の瞳がゆっくりと開く。

「…ごめんなさい…起こすつもりはなかったんだけど…」

 慌てたわたしは、彼の手をほどくように立ちあがった。
 完全に目を覚ましてしまった彼は、だるそうに身体を起こしてソファの背に凭れ、わたしを見上げてくる。

「どうした?」

 柔らかい表情に、胸が波打つ。

「…え? あ、もう帰ろうと思って。ごめんなさい、起こして」

 なんとか笑顔をつくって見せた。
 鹿嶋は、そんなわたしを見つめたまま「だから、どうしたんだ?」と、さらに同じ言葉で問いかけてくると、前屈みにソファから立ち上がった。

「え…?」

 何のことを聞かれているのか分からず、首を傾げる。
 そんなわたしを見つめた彼は、軽くため息をつきながら、髪をくしゃっと掻きあげた。その動作で少しイラっとしていることが分かるが、その理由が皆目分からない。

「だから…っ」

 手を伸ばしてきた彼に、いきなり腕を引っ張られた。
 何の防御もしていなかったわたしは、引かれるまま彼の腕の中に抱き止められた。

「だから…、なんで泣いてた?」

 優しい声音が耳元に落ちてくる。
 彼の両腕が背中に回され、暖かい体温に包まれるよう抱き締められると、一瞬で甘い感覚に満たされてしまった。
 彼には何も隠すことはできないと、誤魔化すことをあきらめた。きっと、この気持ちもずっと前から知られているに違いない。だが、同情めいた軽い気持ちで抱き締めるのは反則だろう。どこまで思わせぶりをするつもりなのだろうか。

「離して。わたしは大丈夫。こういうの、彼女にわるいから…」

 わたしは両手で、彼の胸を押した。

「…彼女?」

「…リコさん? だっけ? 何度か、あなたの口から聞いた名前。さっき一緒に居た綺麗な人がそうでしょ? 鹿嶋さんは優しさから慰めようとしてくれているのかもしれないけれど、こういうことされると…きつい…」

 彼から数歩後退って、気まずい雰囲気にならないように、できるだけ笑顔をつくった。