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恋愛小説「LOVEメタル」31

そして蝋人形に…7

「…あの…ごめんなさい。もう帰ります…」

 長く触れられていることが苦しくて限界になり、胸を押して離れようとしたが、逆に彼の腕に力が入り、息が苦しいほど強く抱き締められた。

「そのまま動くな…」

 低い声が耳の傍に落ちてきた。
 本当は、すぐにでも離してほしい。このまま、ずっと優しく抱き締められていると、自分の気持ちが抑えられないことも分かっている。きっと、また泣いてしまう。

「ごめんなさい、もう帰らないと…」

 そう呟いて彼から離れようと再び身体に力を入れたが、全く動かない。

「お願い…離して」

 二度目の言葉で、彼はゆっくりと腕を緩めて離してきた。
 見下ろしてくる彼の瞳は、穏やかな落ち着いた色をしている。間近でその視線を感じると、また胸が張り裂けそうになった。

 この美しい瞳は、わたしを見てはくれないから…。

 もう涙腺が限界で、涙が落ちる前に去ろうと立ち上がりかけたが、彼にしっかりと両手を掴まれた。

「どうして…」

 紫に揺れる優しい瞳が、わたしを見つめている。ただ、その眼差しは別の愛しい人を見つめるものだった。

 わたしを通り越して彼女を見ているんだ…。

 想う人に自分という存在を認識してもらえないことが、否定される以上に苦しいことだと初めて気付いた。
 せつない想いが頂点に達し、我慢していた涙がこぼれ落ちる。思わず俯いたわたしの頬に彼が手を触れてくる。暖かい感覚にさらに苦しくなり、これ以上涙を落とさないよう強く唇を噛みしめた。

「こっち…向けよ」

 彼の声に、反射的に顔を上げる。
 睫毛を軽く伏せ、柔らかく見つめてくる瞳に、胸が大きく高鳴った。ゆっくりと顔を近付けてきた彼に驚き、咄嗟に避けたが、持たれていた腕を押されそのままベッドに倒された。
手首を顔の横でしっかり押し付けられ、動けない。

「鹿嶋…さん?」

 真上から見下ろしてくる冷静な彼の表情に戸惑う。
 その行動が理解できない。わたしは、彼女の変わりにはなれるはずも、なるつもりもない。掴まれた手首に精一杯の力を入れて逃れようとしたが、更に強い力を込められ、顔を背け抵抗するわたしを押さえつけるように、彼は身体を重ねてきた。

「大丈夫だから…。暴れんな…って」

 耳元で密かな吐息とともに囁かれ、瞬時に身体が緊張で強張る。

「やだ…。彼女の代わりなんてなれな…」

 わたしの言葉を遮るように、彼が唇を強引に重ねてくる。
 体が一瞬で熱くなり、抵抗することができなくなって力が抜けた。そんなわたしの状態を察したように、彼は手首を掴んでいた力を緩めて、優しく手を握ってくると、甘く、柔らかく、気持ちを解すように口付けてきた。甘美な感覚に思考が飛んでしまう。
 身体まで溶けてしまいそうな口付けに酔いしれそうになったが、苦しさだけはわたしの中から消えない。
 彼が今想っている相手は、わたしではない。彼をどれだけ好きだとしても、この気持ちが通じる隙間すらない。まるで、彼女の身代わりの人形になった気分だった。

 苦しい…。

 身体と思考が固まって、指一本動かすことができない。何も反応できず、瞬きもできず、涙を落とすだけのわたしに気付いたように、彼は静かに唇を離してきた。
 全く動かない相手を目の前に、きっと興も冷めたのだろう。このまま、彼女を思い出させたわたしを思い切り罵倒して、ここから追い出してほしい。そうすれば、この気持ちにもようやく諦めがつく。

「わるい…」

 自嘲を込めた、溜め息交じりな声で呟いた彼は、わたしの前髪を軽く撫で上げるようにして、頭に手を置いてきた。
 優しい眼差しを落としてくると、唇で涙を拭うようなキスをしてくる。
全てが甘く壊れてしまいそうだった。

 ずるいよ…。

 謝られるのも、優しくされるのも今は苦しい。
 再び胸を締め付けられる痛みに襲われ、また涙が溢れ出した。精一杯の残っていた力で無理矢理に身体を横にずらせ、彼から離れてベッドの上に座る。苦しすぎて涙が止まらず、すぐに動くことができなかった。
 彼を拒むと困らせるだけだと分かってはいたが、想う気持ちが強すぎて、わたしには彼女の代わりはできなかった。
 俯いたまま動けずにいると、ふわっと、背中が包まれ暖かくなる。後ろから、片手で包むように抱き締めてくる彼の体温が、わたしをさらに苦しめた。

「ずるいよ…」

 落とした言葉に、彼はわたしを抱き締める腕に少し力を入れただけで、何も言わなかった。
 フォローの言葉など期待するつもりはないが、無言でいられると、彼女の代わりだと肯定されたようで辛くなる。

「美優…」

 ふと、耳元で囁かれた柔らかい声が、苦しい想いに甘い感覚を重ねた。

 本当に、ずるい…!

 今になって存在を肯定するように、彼ははじめてわたしの名前を呼んだ。
 わたしは、身体に回された彼の手を、ぎゅっと力一杯握りしめ続けた。