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恋愛小説「LOVEメタル」32

ノーメタラー・ノーライフ1

 殻? 空?

 わたしという物体は、現実にここに存在しているかもしれないが、まるで無のような非存在感…。
 心がどこかに消えてしまい、身体という名の殻の器を機械的に活動させている、そんな感覚だった。感情が鈍っている。何に対しても反応が薄い。

 などとワケの分からないことを考えたりしているが、まあ結局、鹿島と二度と顔を合わせられないような最悪な状況になってしまったということだ。
 戻ることのない恋人を思い出させ、そのうえ何のフォローもできず、めそめそ泣くしかできないうざい女。思い出すだけで自己嫌悪が胸を占め、心が奈落の底へと沈んでいく。
 しかも、泣きながら眠ってしまったあの日の朝、彼が目覚めないうちに何も言わず部屋を去ってしまった。あれからどれくらいの日にちが経ったのだろう? と、数えることさえ苦痛になる。
 彼のいないバイトの空間や日々の生活にも少しは慣れたが、わたしの心の中には、否、心の全てが地中深くへと埋まってしまったような、浮き上がってくることができない感覚があった。
 日々が鬱蒼としていて、駄目だと思いながらも深い溜め息をつく毎日だった。

「美優ちゃん、おいしいね?」

 リビングのソファでケーキをほうばりながらにこにこと笑う百合に、無理に作った笑顔を返す。
 彼女はすでに鹿嶋のことなどすっかり忘れているようだ。やはり、強い。というより、彼女の彼への恋心は、ただの思い込みだったのだろう。そして、わたしが彼女の代わりに堕ちてしまったというわけだ。
 悩みなどなさそうな百合を羨ましく思いながら見つめていると、鞄の中に入れていたスマホが、意外な人からのメールを知らせてきた。

〈美優ちゃん、ひさしぶり。今日、カフェに制服返しに行くんだけど、バイト入ってる? 時間合わせるから、ちょっと話せない?〉

 そのメールは亜利砂からのものだった。話ってなんだろう?わたしは首を傾げる。
 亜里沙とは、お互いのアドレスは知っているものの、ほぼ個人的な交流はない。だからといって誘いを断る理由も見つからず、とりあえず了解のメールを返した。
 いつも笑顔の彼女と話すことが、沈んだ気持ちを変えてくれるかもしれない。というのは建前なのだが…。本音は、もう逢えないとしても、鹿島の情報をほんの少しでも聞きたいというところにあったのだ。

 バイトがはじまる一時間前にカフェに着くと、亜里沙はすでに客としてウィンドウ側の四人席に座っていた。わたしを見つけると「こっち~」と、にこにこと笑顔を向けて手を振ってくる。

「美優ちゃん久しぶり~。…ん?、なんだか疲れてない?大丈夫?」

 彼女は前に座ったわたしの顔をまじまじと見つめ、心配そうな表情を見せてくる。

「え、そんな酷い顔してる?」

「うん。やつれた感じだよ~」

 満面の笑顔で遠慮なく言い切られた。

「あ…そう」

 心が弱っている今のわたしに、彼女への気の利いた返事は見つけられず、苦笑いを浮かべることしか出来ない。
 午後五時。まだ客の少ない時間帯のホールは、のんびりとした空気が漂っている。スタッフに二人分のコーヒーを頼んだ亜里沙は、わたしの顔を見つめながら鞄の中を探っていた。

「ごめんね、いきなり誘って。これ…」

 彼女は、チケットを一枚出してくると、テーブルの上に置いた。
 すぐに鹿嶋のバンドのライヴチケットだということが分かり、一瞬息ができなくなって言葉に詰まる。

「この前、鹿島くんのバイト先に行ったときにね、わたしがカフェに制服を返しに行くって言ったら、美優ちゃんにチケットを渡してくれって頼まれたの」

「…え? 彼もうバイト決まったの?」

「なんだ、知らないんだ? お兄さんの店で最近バイトはじめたんだよ? 美優ちゃんて鹿島くんと仲よさそうだから、てっきり色々知ってるかと思ってたけど…」

 亜利砂は、少し驚いたような複雑な表情で笑った。

「知らないよ…。彼がバンドしてる以外は、普段は何をしてる人かさえ知らないから…」

 そう、わたしは鹿島のことを未だよく知らなかった。
 今思えば、プライベートを聞くチャンスもタイミングもたくさんあったはずだが、そのうち分かるだろうと敢えて聞くことはしなかった。まさかこんなにはやく逢えない状況になると予想していなかったのだ。

「そうなんだ…。彼は今は学生だけど、両親を高校生のときに亡くした人なの。で、当時学生だったお兄さんが大学やめて働いて養ってくれたんだって。身内は二人だけらしいから仕方ないんだろうけれどね。だから将来は二人で仕事をするのが夢ならしいよ。今は、その夢に一歩踏み出したところになるのかもしれないね」

 亜里沙の話を聞きながら、全く知らない鹿島の顔が浮き上がってきた。
 彼のイメージは、バンドを楽しんでいる学生か、もしくは浮世離れした社会人、程度にしか思っていなかったのだが、予想外にも苦労を知っている人なのだと気付かされた。
だが、あの優しさと強さは、そういう生い立ちも関わっているのかもしれない。