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恋愛小説「LOVEメタル」33

ノーメタラー・ノーライフ2

 それにしても、亜利砂は彼のことをどこまで知っているのだろうか。話の節々で彼女はまだ鹿島と近い場所で繋がっていることが垣間見え、少し胸が痛むとともに羨ましさを感じた。
 わたしが少し表情を陰らせたことに気付いたのか、亜利砂は言葉を付け足してくる。

「あ、その話はわたしが直接聞いたんじゃないの。人伝にね。それに前も言ったように、もう彼のことは諦めたんだ。でも、やっぱり人としてはまだ彼が好きなの。だから…会いに行ったの…」

 とても可愛い言い訳だった。
 少しせつなそうな彼女の微笑みに、鹿島に想いを残していること分かる。彼の亜利砂に対する行動は、随分と勘違いさせるものだったのだから、すぐに忘れられるはずもないだろう。
 彼女と同じ立場のわたしは、その気持ちが痛いほど分かった。だが、チケットはどうしても受け取れない。今はライヴに行って彼を目にすることさえ苦痛だった。

「…ごめんね、これは受け取れない」

 チケットを突き返したわたしに亜利砂は微かに笑うと、スマホを出して一つのサイトを見せてきた。
 わたしは、そのサイトのメタルバンド独特なロゴを目にして、鹿嶋のバンドのホームページだとすぐに気付いた。

「下の、ライヴ情報を見て」

 示された箇所に目を通すと、亜利砂に目を向ける。

「これがなに?」

 そこには、ライヴで予定している曲紹介が載せられていた。

「最後の曲のところ、よく読んで」

 言われるがままに数回読んでみるが、とくに気になる点は見つからない。

「…だから、なに?」

「…キーボードメンバーが増えたって載せてない?」

「ん、載せてる…けど」

 たしか、彼等はずっとキーボードメンバーを探しているような会話をしていた。
 ほぼ未経験のわたしにまで誘ってきたくらいだから、かなりキーボーダーを欲していたのだろうが、今回ようやく見付かったということだろう。

「それ、あなたのことだって」

 亜利砂の言葉に、飲みかけていたコーヒーが逆流しそうになった。

「は?? なに? どうして?」

 思いがけない成り行きに、思わずテーブルを乗り出した。

「わたしはよく分からないけど、美優ちゃんがメンバーになるって言ったんじゃないの? 鹿嶋さんは無理に誘う人じゃないし」

 いやいや亜里沙ちゃん、あなたは彼を勘違いしている…。

 彼は自分のバンドのためなら、ある程度のことは無理を通しそうだ。
 キーボードの件は、前回きっちりと断ったはずなのだが。

「これだけサイトで宣言してたら、ライヴに出ないわけにいかないんじゃない?」

 亜利砂は、まるで脅すかのようにわたしを見つめた。
 鹿嶋のまわしものか!と思ったが、冷静に考えてみる。ライヴは一ヶ月後。練習おろか、キーボードすらろくに弾いたことがないわたしが、プレイできるはずがない。

「亜利砂ちゃん、きっと勘違いだよ? わたし、どう考えても出れないもの。メンバーの人たちと音を合わせたことすらないんだから」

「あ、それは大丈夫って。美優ちゃんが出るのは一曲だけだって、彼が言ってた」

 彼女の言葉に、一瞬すっと気が遠くなって奇妙な焦燥感が湧いてきた。
 どうやら、鹿嶋は本気でわたしを引きずり出そうとしているようだ。だが、どう誘われようとキーボーダーになるつもりはなく、とにかくはやく断らなければいけない。まずは気持ちを落ち着けようと、水の入ったグラスを手に取って一気に飲み干した。ていうか、あんな別れ方をしたわたしが、どんな顔で会いに行けと?
 彼の考えていることが分からず、腹立たしさと同時に胸が苦しくなる。
 顔を合わせられるような心境ではない。逢うことが辛いということを、どうして察してくれないのだろう。何もなかったかのようにまたメンバーに誘ってくるということは、彼はわたしのことなど友達か知り合いとしか思っていない。異性としては爪の先ほども意識していないに違いない。

「ね、美優ちゃん、どうしてもキーボードできないの?」

 亜利砂は、ふと優しく寂しい表情を見せて聞いてきた。

「どうして亜利砂ちゃんがそこまで…?」

「…わたし、羨ましいの。美優ちゃんが。わたしがあなたなら、すぐにでも彼の傍に行くんだから」

 微かに瞳を潤ませた彼女の気持ちが痛苦しい。
 だが、わたしも同じ立場で、だからこそ彼に逢うのが辛かった。

「亜利砂ちゃんは、彼に想う人がいても傍に居たいの? 振り向いてはくれないと分かっていても?」

 わたしの質問に、彼女は大きく頷いた。

「居たい。でも、わたしは彼に、距離を置いてくれって言われたようなものだから…。美優ちゃんみたいに彼が手を差し伸べてくれるなら、メンバーとしてだろうが友達としてだろうが絶対に傍から離れない。美優ちゃんは…、きっと傷つきたくないだけなんだよ」

 真剣で真っ直ぐに見つめてくる瞳に、気持ちが揺さぶられた。
 亜里沙は、まだ鹿嶋に強く惹かれている。彼女の言葉の通り、わたしは彼を好きだと思いながらも自分が傷つくことが怖くて離れているだけだ。女性として意識されない、振り向いてもらえない、見てくれたとしても今は居ない彼女の代わり…。そういう寂しさに耐えられないだけだった。
 素直に、どんな立場でもいいから彼の近くに居たいと言える彼女が、少し羨ましかった。

「…うん分かってる。でもね、わたしは無理…」

 亜利砂は、わたしの言葉を聞くと小さくため息をついて、テーブルの上のチケットを押し付けてきた。

「なら、チケットを自分で返してきて。彼、今ならバイト先に居ると思うから」

「…え?」

「わたしが頼まれたのはチケットを渡しておくことだけ。それ以上は関係ないわ。本当に彼に会いたくないのなら、そのまま捨ててもいいよ。どうするかは美優ちゃん次第だから」

 彼女はわざと挑発するような口ぶりで言ったが、少し無理が見える表情から、せつなさを隠し切れていない。
 鹿島を強く慕いながらも、そんな気持ちを抑えてわたしを応援してくれていることが手に取るように伝わってくる。
 彼には今すぐにだって逢いたい。ただ、複雑に想いが絡まりすぎて、顔を見るだけで自分が壊れてしまいそうで怖い。だが、亜里沙の精一杯の好意を無駄にしたくはなかった。

「…ありがとう、彼のバイト先教えてくれる?」

 わたしは惑いながらも残っている勇気を出し切って、彼に逢いに行くことを決めた。