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恋愛小説「LOVEメタル」34

ノーメタラー・ノーライフ3

 亜利砂に教えてもらった鹿嶋のバイト先は、賑やかな街から少し離れた郊外にあった。
 今日、亜利砂がカフェを出たあと、体調が急に悪くなったという理由でバイトを休んだ。そして彼が居る場所へと向かっているのだが、どんな顔で何を話していいのかも分からない。
 すっかり日も落ち、深まった秋の風を感じると気分まで孤独になる。そして、逢えばさらに寂しくなるだろう人のもとに、これからチケットを返しに行くのだ。

 電車を降りてすぐ、駅からロータリーを過ぎて、車道の向かいのビルに足を進めていた。そこの一階に彼のバイト先のテナントがあると聞いていたわたしは、「I-ROOM」という名前を探しながら歩く。亜利砂には、行けば分かるからと店舗名だけ教えられた。飲食関係だと思い込んでいたのだが、一階の外から見えるテナントには、そういう名前の店は見当たらない。
 ビルの中に入ると、オフィスのような部屋が並んでいた。端の部屋から扉名を確認しつつ歩いていたとき、中の様子が見える大きなガラス張りの部屋が目に入り、自然と足がその部屋に向かう。
 中を覗くように見回したわたしは、一目でその事務所が鹿島のバイト先だと分かった。

 音楽教室?

 壁にはピアノやキーボードが置かれ、ドラムセットや、ギター、ベースアンプなどが所狭しと配置されている。
 第二の鹿嶋の部屋にも見えるスペースだ。彼の部屋にあったものは玄人バンドマン受けしそうなものばかりだったが、ここから見えるものは、全ての楽器がある程度質のよい、スタンダードなものばかりだった。

 誰もいないのだろうか?

 鹿島は彼の兄と一緒に働いていると聞いたが、見える限りのスペースには人の気配がない。
ウィンドウにぺったり張り付いて覗いていたとき、数メートルほど先にある部屋の自動ドアが開いた。

「ありがとうございました!」

 小学校高学年くらいだろうか?男の子が飛び出てきたかと思うと、部屋の中に向かって元気な声で挨拶をしている。

「寄り道せずに帰れよ」

 ドアの内側から、聞き覚えのある声がした。
 この場所からは死角になってドアの中は見えないが、その声は確かに鹿島のものだった。

「はいっ。先生」

「お前はいつも返事ばっかだからな」

 外に出てきた彼は、男の子の頭に手を乗せて、髪をくしゃくしゃと混ぜた。
 その柔らかい笑顔に、思わず惹きつけられる。

 やっぱり楽器を教えてるんだ…。

 にやにやと笑っていた男の子は、鹿嶋の手を払い、「バイバ~イ」と声をあげて、逃げるようにこちらに走ってくると、風のように横を通りすぎた。
 ふと、鹿嶋がわたしの気配に気付いたように視線を向けてきたが、とくに驚いた反応はなく、落ち着いた様子で声を掛けてくる。

「どうした?」

 こんなところまで押しかけたわたしを不思議に思っているのだろう。

「あ…、亜利砂ちゃんからチケットを預かってたから…」

 わたしは、彼が立っていた入り口まで早足に移動し、鞄からチケットを出した。

「栄、誰か居るの?」

 不意に、部屋の中から顔を覗かせてきた人物がいた。
 淡いピンクのワンピースを着た、上品な佇まいの女性。その涼し気な顔立ちは、ライヴハウスで彼の隣に座っていた女性だとすぐに分かった。
 前回とはイメージは違うものの、わたしに気付いた彼女は、「あら、いらっしゃい」と、あの日と同じように余裕の表情で、ふふっと蠱惑的に笑った。
 鹿島は、彼女のことを〝リコではない〟と言っていたが、二人がどういう間柄なのかまでは聞いていない。どう見ても、〝お友達〟という関係ではないだろう。とりあえず彼女に頭を下げたが、突然現れた思いがけない人物に、どう対応をすればいいのか分からずに視線を泳がせてしまう。

「ちょっと出るから、あと頼む」

 彼は、彼女に視線を投げて無愛想に呟くと、わたしの差し出したチケットには目もくれず「来いよ」と流すように呟いて先を歩きはじめた。

え、どこに?

 いつものペースだった。
 振り返りもしないで先を歩いていく彼は、ビルのエントランスに向かっていく。外へ出ようとしていることを察し、引き止めるために急ぎ足で前に回り込んだ。

「待って。チケットを返しに来ただけだから…」

 もう一度、チケットを彼の胸のあたりに突きつける。

「ま、しかたない…な」

 受け取った彼の、余裕のある微笑みがなぜか腹立たしい。
 彼の口から、何度『しかたないな』という言葉を聞いただろう。バンドに入らないことを承知した台詞だと受け取っていたが、それにもかかわらず誘い続けてくる。なにより腹立たしいのは、そういう彼の行動や言動に反応し、振り回されている自分だった。
 どうしても気持ちを揺らされ、結局は自分ひとりで浮き沈みしている感がある。

「でも弾くことが好きだろ? うちのバンドの音も嫌いじゃないはずだ。なんで頑なに断る?」

「…それは」

〝あなたのことを想っているから。でも、わたしを女性としてではなく、仲間として見ているあなたの傍に居ることがつらいから〟

 何度も心の中で呟いた言葉だが、現実には言えるはずもなかった。