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恋愛小説「LOVEメタル」36

ノーメタラー・ノーライフ5

 その顔つきに拍子抜けし、腹立たしさや悔しさを通り超して、悲しくなった。

「どうして、リコは人じゃないってすぐに否定してくれなかったの? ずっとあなたを傷つけたんじゃないかって後悔してたんだよ…」

 飼い犬が旅立ってしまったことは、確かに辛いことだとは思う。
 だが、恋人が旅立ってしまうこととは、悲しみの種類が違うはずだ。からかっていなかったとすれば、なんだというのだろう。
 責めるような顔つきしか出来ないわたしを見つめた彼は、ふと笑うと、「あんたを帰れなくしようと思った」と、静かに呟いた。

「…え?」

 意味がすぐには分からず、眉をひそめて首を傾げる。

「鈍いな…。リコが犬だと知ったら、とっとと帰ってただろ。リコが俺の彼女だと思ったから、放って帰れなくなったんだろ?」

??

 言葉の意味を理解しきれないうちに、胸が大きく動いて身体が先に反応した。
心が乱されてしまい、彼から視線を外そうとしたが、濃い琥珀色の揺るがない瞳に、身動きとれないように掴まれてしまっている。

「あの日は、あんたを帰したくなかっただけだ。からかったつもりもないし、他に誤解させたことはない」

 彼は、まるで人事のように平静に淡々と話していた。
 結果、やはりわたしは故意に騙されていたということだろう。だが、彼には反省の色も開き直った様子もない。
 その言葉の意図するところが掴みきれず、思わず一歩後退さる。

「だ…けど。どうして…」

「どうして帰したくなかったか? も、言わなきゃ分からない?」

 戸惑うわたしにさらに追い打ちをかけるように言葉を続けてきた。
 ぶれない瞳に圧されて息苦しい。心が溶けて壊れていく感覚に、このままだと目眩を起こして倒れそうだった。

「あの…わたし…」

 激しい鼓動で胸が潰れてしまいそうになる。
 目の前の彼の視線から逃れたい。身体が勝手に動き、もう一歩後ろに下がろうとしたとき、彼に腕をつかまれた。

「もう、逃げんな」

 真っ直ぐ射抜くように見つめてくる瞳に縛られた。

「10秒。その間に、この手を振り切って逃げるか、俺の傍にいるか。…考えろ」

「…??」

 その言葉にわたしの全てが容量オーバーになり、思考が真っ白に飛んだ。考える余裕などない間に、彼の口からカウントダウンがはじまった。
 心臓の音が耳障りで、どうすることもできずに彼の瞳を見つめる。透明感のある琥珀色だった瞳が、いつの間にか穏やかな紫に映り、わたしを包むように見下ろされていた。

「2…」

 カウントを止めた彼は、「逃げなくていいのか?」と、微笑みを浮かべ柔らかく聞いてきた。
 とくん、と心臓が動いたことに気付く。いきなり選択をせまられ、迷う余裕すらなかったが、その必要もなかった。彼を想うわたしには、手を振り切ることなどできるはずもない。

「1…」

 カウントを止めた彼は一間置くと、言葉とは裏腹にわたしからすっと手を離した。

「…今のはちょっと強引すぎか。忘れてくれ。とにかくこれは渡しておくから、もう少し考えろ」

 そう言ってチケットを再び手渡してくる。
 そして、何もなかったかのように横を通りすぎ、あっさりと去ろうとした。

 まただ!

 どこまでずるいんだろう。わたしを揺らすだけ揺らして、最後にさらっと放置する。

 こういうことをするから、わたしはあなたを追わなきゃいけなくなるんでしょ…!

 離れていく彼の背中に手を延ばし、両手でシャツを掴んで思いきり引っ張った。

「逃げるなって言ったのはあなたじゃない! なのにまた放置?」

 ゆっくりと振り返ってくる彼の、落ち着いた色の瞳でふと笑う表情に、胸が締め付けられて苦しくなる。
 彼の片方の手を両手でとって、離さないようにぎゅっと握った。

「…考える時間もいるだろ?」

 わずかに困った風に微笑んだ彼は、わたしが握っていた手とは逆の手で、軽く頬に触れてくる。
 そっと頬に当てられた手の暖かさが身体中に広がり、一瞬で安堵感に包まれた。

「触れたいって思うのは、あんただけだ」

 甘くそして魅惑的に向けられた眼差しに溶けてしまいそうだった。
 普段から言葉が多くない彼が、気持ちを伝えようとしてくれていることに胸が震える。見下げてくる柔らかな瞳を見つめ、応える言葉を探してみたが見つからない。頬から離されそうになった手を取って彼に近付き、広い胸に額をつけた。

「…そういうことすると」

 彼はわたしの手を解いてふわっと背中に腕を回してきた。そして、にわかに強く抱き締めてくる。

「もう離してやれない」

 柔らかく甘い囁きが耳元に落ちてきた。
 突然、現実ではないような幸福感に満たされ、別世界へと気持ちが飛んでしまった。
 他の誰かではなくわたしに対して向けられている熱い感情。自然と心も身体も強張りが落ちていく。まるで自分というものが溶け消えるような幸せな錯覚に落ちたわたしは、彼の広い背中に回した腕をいつまでも離せずにいた。