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恋愛小説「LOVEメタル」39

ノーメタラー・ノーライフ8

 だが、鹿島には兄の他に身内はいないと、たしかに亜利沙から聞いていた。
 それにあの美しい女性の鹿島に対する密着度は、どうみても血縁者への態度ではないだろう。再び納得できない不満な表情で見上げたわたしに、彼は漏らすようなため息をつきながら、「あれは兄貴」と、淡々と言葉を口にした。
 あ、それなら亜利砂から聞いていた話と一致する。と、一瞬納得しかけたものの、二間ほど置いてから、わたしは目を見開いて鹿嶋を見つめた。

「??」

「…何度も言わすな。兄貴だ」

 また、イラっとさせてしまったようだ。
 が、やはりその言葉にはどうしても疑問が残り、彼をじっと見つめたまま次の言葉を待った。

「…だから、兄貴は男が好きな、女装する男。で、俺が最近バイトしてた音楽教室のオーナー。…というワケだ」

 彼は、前を見たまま眉をひそめて苦々しく呟いた。

 えええええ!??

 この人は何を言っているのだろう??と一瞬疑ったが、少し冷静になってみれば納得できる点はいくつかあった。
 美しく清楚なイメージの彼女は意外と背が高く、華奢だが骨格はしっかりとしてるように見える。それに、声。わざとらしい程に甘えたような、けれど高くはない音だった。

 なるほど…。

 兄がゲイ、というか、ニューハーフだというなら、兄弟でのあのベタつきようも、まあ不思議ではないのかもしれない。
 わたしの中の疑問は消え去ったが、また余計なことを聞いてしまったのだろうかと不安になった。言いたくなかったことを、無理に言わせたかもしれない。わんこのリコちゃんの件に引き続き、おかしな地雷を踏んでしまったのだろうか。

「あの…ごめんなさい…余計なこと聞いちゃった…?」

 イラつきが加速しているのではないだろうかと、彼の表情を恐々と見上げた。

「…大人しく一緒に来るなら、許してやる」

 ふっと笑って冗談ぽく呟いた表情に、ほっと胸をなでおろす。
 だが、一体どこへ向かっているのだろうか。この道順だと彼のマンションの方向へと向かっているようだが、行き先を聞いても「いいから、ついてこい」と、いつも通りに言葉少なく適当にはぐらかされるだけだった。

 結局、十分ほど歩いて辿り着いた場所は、予想した通り彼が住むマンションだった。
 だが先を歩いていく彼は、エレベーターを使わず階段で三階のテナントフロアに上り、一つの部屋の前に立って鍵を開けている。
 テナントスペースに引っ越したのだろうか?と不思議に思いながらも促されるままに部屋に入ると、明らかに住居ではなく事務所仕様の空間が広がっていた。とはいっても、さほど広くはない。広さは上の階の鹿嶋の部屋をもう一周り大きくした程度だった。
 そして、なぜかこの部屋には、真ん中にグランドピアノが置いてある。その他にはなにもなかった。

「ここは?」

 見上げたわたしに、彼は優しい眼差しを落としてきた。

「一昨日借りたスペースだ。兄貴がオーストリアにいるパートナーと向こうで住むことに決まったからな…。この機会にビジネスを独立させようかと思ってる」

 そう言いながら彼は部屋のバルコニー側へ歩いていき、勢いよくテラス窓を開けた。
 冷たい風が流れ込み、少しほてった頬に当たって心地いい。

「独立? お兄さんが帰ってくるまで、鹿嶋さんがここで音楽教室をするの?」

「いや、もし兄貴が帰ってきたとしても、俺とは仕事しないよ」

「じゃあ、一人で?」

 開いたテラス窓から外に目を向けていた彼は、軽く振り返って微かに笑う。

「兄貴が教室を経営してたのは俺のためなんだ。俺の夢が音を奏でる楽しさをたくさんの人に知ってもらうことだったから、その夢に付き合ってくれてただけだ…」

「夢…」

 その言葉を聞いた今、わたしにずっとキーボードをすすめてきたことの理由が、本当の意味で理解できた。
 はじめは格好だけのメタラーだと思っていたが、彼の内情を知るにつれ、音楽への深い愛情を知らされることになる。彼が創る曲やライヴでのパフォーマンスには、一介のバンドマンらしくない、長く音に親しんできている人の高質なセンスが伺えた。いい指導者になるに違いないが、それ以上に音を楽しむ喜びを、多くの人に広めていきたいと考えているようだ。
 決して表には出さないが、彼の秘めた静かな情熱を感じる。その軸、信念とも言える想いが、とても魅力的で羨ましく感じられた。

「兄貴は本来仕事よりパートナーの傍にいるのが一番幸せって人間だから…。今回のオーストリア行きは、俺がヤツの背中を押した」

 そう言いながら、彼は小さなバルコニーに出て手摺に背中を凭れかけ、部屋の中に居たわたしを見つめて、ふと微笑んで言葉を続ける。

「で、だ。どうせなら、まとめて同時進行しちまえばいいって考えたワケだ…」

「同時…進行?」

 相変わらず、彼の言葉はいつも無駄がない。
 とは言っても、なさすぎてすぐに理解ができないことが多い。テラス窓に近付いて、言葉の説明を求めるように彼の顔をじっと見つめた。