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恋愛小説「LOVEメタル」40

ノーメタラー・ノーライフ9

「…バンドのキーボードメンバーがいつの間にか〝娘〟になっちまったから…。あんたの弾き手としての居場所がなくなっただろ」

〝娘〟とは、百合のことだ。
 いつの間にかわたしと彼との間で、百合を〝娘〟と呼ぶことが自然になっていた。

「仕方ないよ。百合はわたしよりピアノが上手いもの…」

 気遣ってくれている彼に笑ってみせる。
 この数ヶ月、わたしのことなど彼の頭の隅にもないだろうと思っていたのだが、意外にも気にかけてくれていたようだ。

「ここで弾けばいい」

「え?」

 なにを??

 わたしの表情を見て理解できていないことを察したのか、珍しく考え込むような表情を浮かべた彼は、少し間を置いてから再び要約するように口を開いた。

「あんたの居場所確保と俺のビジネスを同時に進行させることを考えてる。スクールとして本格的に動くのはまだ先だけど、俺はピアノ教えることは無理だ。だから、ピアノ講師をしてくれないか?」

 分かりやすく説明してくれるが、唐突に持ち掛けられた話に気持ちは複雑に動いた。
 平静に話す彼の言葉を、ビジネスの話としての申し出だと受け止めればいいのだろうか。

「…でも、ピアノ…、教えるほど弾けないし…」

 ためらうわたしの返事を聞いた彼は、いたずらに風が揺らせる髪を掻きあげて、少し困ったように笑った。

「あのさ…今すぐってワケじゃないんだ。で、結局何が言いたいかっていうと、この先、俺の傍に居ろってことだ」

 真っ直ぐに、そして柔らかく見つめてくる。
 その表情にいきなり胸が熱く締め付けられた。

「え…あの…」

 返事をしなくてはと焦るが、気持ちが先走るばかりでまともに返せる言葉が見つからず、彼の顔を見つめたまま立ち尽くす。

「ま、無理にとは言わない…」

 彼は、凭れていた手すりに両腕を引っ掛けるように回して口許に笑みを浮かべ、いつもの少し突き放すような台詞を落としてきた。
 咄嗟にテラス窓を飛び出したわたしは、続けて何かを言おうとした彼の言葉を遮るように、その胸に抱きつく。経験上、彼が譲歩したような言葉を出したあとは、必ず放置される期間がある。突き放され、放っておかれることにはもう耐えられない。気持ちより身体が先に動いてしまった。

「…どう…した?」

 少し戸惑ったような声が落ちてくる。
 二度と離れないように、彼の背中に回した両手に更に強く力を入れた。

「いやなの。もう絶対放置しないで。突き放されるのもいや。わたしをもう手離さないで」

 はじめて、自分の気持ちを彼の前で口にした。
 胸に詰まった想いを伝えると、気持ちが軽くなった分だけ感情が高まり、自然と涙が溢れそうになる。心の震えに同調して微かに身体が震えていることが分かったが、止めようとしても抑えることができなかった。

「わるかった…。あんたの居場所の形を整えるのに時間くっちまった。待たせたな」

 ふわっと頭に触れてくる彼の手の感触に、心が溶けてしまいそうだった。
 優しく頭を撫でられただけで、今までの寂しさや不安が一瞬でどこかに消えてしまう。

「居場所なんていらない…。あなたの傍に居られればいいの…」

 しばらく距離があっただけに想いが募りきっていたのだろうか、素直に溢れ出てくる言葉に自分でも驚いた。
 頭の後ろにあった手が頬に回されると同時に、彼の顔が間近に近付く。紫がかった琥珀色の瞳から熱い眼差しが向けられていることに、呼吸が大きく乱れた。

「そういう可愛いこと言うと…」

 甘く囁くような声と、熱を含んで揺らぐ瞳に胸が大きく高鳴る。
 わずかに瞼を伏せて瞬きもせずに見つめてきた彼は、いきなりわたしの手を引っ張り、バルコニーから部屋の中へと入った。

「鹿島さん…?」

 テラス窓を閉めた彼は、ダウンジャケットを脱ぎピアノの上に放り投げるように置いて、動悸と緊張で固まっていたわたしに、誘うような視線を向けて指で手招きをしてくる。
 惑いながら近付いたわたしの手を再び取った彼は、少し切なげに苦笑してみせた。

「…やっぱり…、今日は寝かせてやれない…」

「…え」

 魅惑的に見つめてくる瞳が、艶めいた色に染まる。
 彼は、着ていたシャツのボタンを上からゆっくりと外しながら、甘く囁いた。

「諦めて言うこときけよ…」