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恋愛小説「極彩パラノイア」1

ハレーション男子1

 〝極彩色の南国の鳥〟

 それが彼の第一印象だった。

 オレンジから明るい茶色へとグラデーションしている髪は、オリジナル? 特注ですか?と聞きたくなるほど個性的で、左右の長さが不揃いなうえ、ゆるくウェーブしている。
 服装は常にビビッドな色の組み合わせで目の落ち着き所が見つからない。
 ごくごく一般人のわたしにとっては、いたって理解不能な色彩感覚で、最近の流行はよく知らないが、巷でもあまり見かけないセンスだ。

 そして、なにより受け入れられないのが、間延びした話し方とゆるゆるな態度。
 いわゆる、ちゃらい、かるい、だらしない、といった枠内の人種に入る。

 結論として、わたしにとっては最上級に苦手とするタイプの人間だということだ。

 ならば、そんな人物に故意に関わる必要はない。
 けれど、その人物は定期的にわたしの目に入ってしまう場所に現れて阻止のしようがない。

 今日もまた午後三時に、その姿を見せるに違いないのだ。

 一ヶ月ほど前のこと。

 わたし篠原睦月はその日、足しげく通っている小さな地域図書館の閲覧席で、哲学書と格闘していた。

 どうして哲学書などを読んでいたのか。
 簡単にいうと、〝セラピストの仕事に就くための勉強をしているから〟だった。
 文系の大学を出て一度は大手メーカーの事務職で就職したものの、会社という組織に馴染めず三年後に退職。ちょうどその頃に心身不調を煩って、お世話になっていたカウンセラーの影響で、心の専門家を目指すことになった。
 今現在、家事手伝いをしながら民間のセラピスト養成校で勉強を続けている。〝心〟というものを学ぶにあたり、心理学はもとより哲学や仏教などの学問が役立つということも知った。そういう理由で、有名どころのカントの書を手にしていたのだった。

「んー…」

 自然とため息の混ざった声が漏れてしまった。

 哲学者とやらの考えることはまったくさっぱり理解できない。翻訳の問題なのだろうか、日本語なのに辞書を片手に読み進めなくてはいけないほど解りづらい。一向に頭に入ってこないうえ、かすかに窓から漏れ聞こえてくるセミの声さえ集中力をそらせてしまう。
 本を閉じてしまいたい衝動を抑えていたが、あまりの難解さに自分の眉間にシワが寄ってきたことに気づいた。

 ちょうどそのとき、閲覧席の横にずらりと並んでいる本棚の後方から、電話で談笑する男の声が聞こえてきた。ここが図書館であることを配慮して、電話主もすぐに話し終えるだろうと予想していたのだが、その声は途切れることなく雑談を続けていた。静かな席への移動を考えたが、男の声は館内に大きく響き渡っていて避難できる席がなさそうだ。
 それでなくとも理解できない哲学書にイラついていたわたしは、十分経過後に我慢の限界に達してしまった。席を立って男の声をたどりながら主を探す。周囲に迷惑をかけている電話男に、一言でも苦情を言わないと気が済まなくなったのだ。

 声をたよりに足を進めていくと一番奥の本棚にあった雑誌コーナーにたどり着いた。

 この棚の後ろね…。

 〝注意して逆恨みされないだろうか〟と、ふとした緊張を感じながらも本棚の後ろに回る。そこでいきなり目に飛び込んできたのは、なにやらケバケバしい大きな塊だった。
 本棚の下方に色鮮やかな塊があるのだ。思わず目を凝らして見入ってしまったそれは、あろうことか床に座り込んで俯き加減に電話をしている男の姿だった。

 男、とはいっても高校生くらいだろうか。黒いメッシュのタンクトップの上に鮮やかなグリーンのパーカーをはおって、デニムのハーフパンツをはいている。真っ赤なスニーカーと、イエローのヒップバッグ。オレンジベースの髪色に同系のグラデーションメッシュ。一瞬、その色彩バランスに目がおかしくなり、軽い眩暈を感じた。

 地味な図書館にそぐわない風体からみて、きっとこの暑さで涼む場所ほしさに入ってきた輩やからだろう。

 わたしは迷惑きわまりない男子の前に近づいて、少し大げさな動作で屈んでみせた。

「…っえ?」

 驚いて顔をあげた迷惑男子は、一瞬目を見開いて固まる。
 わたしは人差し指を口の前で立てて、『静かに』というジェスチャーをして見せた。

「ぅあ…、ごめんなさい」

 意外にも、彼は申し訳なさそうに謝ってすぐに電話を切る。

『うっせえよ。ばばあが』くらいの文句の一つでも返されることを覚悟していたが、注意を素直に聞き入れる態度に、軽く拍子抜けをした。

「図書館内は、電話で話すことが禁止されてるの」

 わたしは立ち上がりながらそう伝えると、座ったままでスマホをバッグに入れている彼を尻目にその場を後にした。

 幾分かほっとしつつ席に戻って再び哲学書を手に取ったが、一度逸らされた集中力を復帰させることは難しい。哲学書は脇に置いて、あらかじめ用意していた気分転換のための別の本を開いた。
 本は好きだ。本は知識を与えてくれ、感動を与えてくれ、慰みを与えてくれる。人見知りで、人と接することの少ないわたしの人生にとって、なくてはならないものの一つだった。

しばらく本に集中していたが、すぐ斜め後ろから視線を感じる。

「隣、いいすかあ?」

 聞き覚えのある声に思わず振り返った。
 すると、そこにはさっき電話を注意した男子が立っていた。