にほんブログ村 小説ブログ 人気ブログランキングへ

恋愛小説「極彩パラノイア」10

吊橋理論?2

 水曜当日、約束の時間より少しはやく図書館のエントランスに着いた。
 祝日の今日は、平日の人気のなさとはうってかわり、避暑地変わりとなった館内は親子連れなどで溢れている。
 目の前にあった傘立てに目をあずけながら、ハレーション男子が来たときすぐに今日のデートを断れるよう、心の中でシュミレーションをしていた。
 とりあえず自分のペースを崩されなければ大丈夫だろう。

「お待たせ~」

 突然後ろから声をかけられたわたしは、一歩前に飛び出した。
 入口から入ってくると思っていた彼は、すでに館内にいたようだ。とんだ不意打ちに慌ててしまい、シュミレーションの意味が半減する。

「じゃ、行こうか」

 そう言って外へ出ようとする彼を引き止めるため、咄嗟にシャツの裾を掴んだ。
 不思議そうに振り返った彼の澄んだ瞳に、一瞬言葉が詰まる。

「…あ~、いいよ。待ってっから」

「え?」

「俺もさっき行ってきたんだ~。トイレっしょ?」

 にこにこしながら、まったりと話してくる。
 その笑顔に思わず頷いてしまったわたしは、行きたくもないトイレにいく羽目になった。

 すでにペースが乱されてしまっている!

 きっと、彼が着ているの青紫シャツと黄色インナーのコントラストが、わたしの感覚器をおかしくさせているのだろう。
 仕方なく個室である程度の時間を過ごして戻ると、エントランスから彼の姿が消えていた。だが、図書館の外の駐車場スペースに、極彩色がちらちらと見えている。こういったシチュエーションでは、彼の独特な色は探しやすくて助かった。
 一体なにをしているのだろうと、外に出て訝しげに近づいていくと、楽しげな子供の声が聞こえてきた。炎天下の中、楽しげに子供と走り回っている彼の姿が見える。太陽の眩しい光がハレーション具合を和らげ、いつもはビビッドな髪色がきらきらと光って透明感を持ちながら輝いていた。

 いい笑顔 …。

 鬼ごっこ中の彼の、普段からは察しえない溌剌とした動きと爽やかな笑顔に、つい見とれてしまう。

「つっかまえた~」

 きゃっきゃ騒ぐ子供を抱き上げた彼は、わたしが立っていた館内入口の方向へと戻ってきた。

「あ、ねーさん、ちょっと待っててね」

 へらっと笑った彼は、子供と戯れつつ再び図書館の中に入り、数分後に出てくる。

「お待たせ~」

「どこに行ってきたの?」

「託児サービス。あのこ、駐車場でうろうろしてたから危ないと思ってつかまえた」

 そう言いながら、彼は歩きはじめた。

 あ、それで鬼ごっこになったんだ。

 彼の判断の早さや行動力に驚かされる。いつもはたらっとしまくった態度のせいか、三割増のイメージアップ度だった。
 まして、子供などには興味がない人だろうと思っていたが、案外母性も備えているようだ。人って見かけじゃない、というのは本当かもしれない。

「あっちいね~」

 だが、インナーの襟を持ってぱたぱたと風を通している彼の歩き姿は今にも溶けそうな程、だるだるだ。
 わたしは、「急用を思い出した」という言葉を発するチャンスを窺いながら、彼の隣で歩いていた。
 それにしても、いったいどこへ行くつもりなのだろう。図書館から、少なくとも駅の方向へと向かっているのは確かだった。徒歩圏内ではあるが、電車にでも乗るつもりなのだろうか。

「あの~、どこへ?」

 〝急用〟を切り出すタイミングが掴めないまま、つい行き先を聞いてしまう。

「え、うち、来るっしょ~? あっちいし」

「え?」

「駅のすぐ近くだから」

 さらっと当たり前かのように言った彼の言葉に、わたしの頭は一瞬空白になった。

 うち? ってことは家ってこと?

「ちょ…ちょっと待って、わたし急用を思い出したから…」

 いきなり家に誘えてしまう彼の脳の構造に、呆れを通り越し興味すら沸いたが、ここは断ることが先決だった。
 とにかく、この会話を機に帰るきっかけを作ろうと試みる。今このタイミングで断れば、もう二度とわたしに近付いてこないだろう。そうすれば、変な勘違いをし続けることも終わりにできる。

「急用?」

 足を止めて、わたしを見下ろしてきた彼の視線に貫かれた。
 その瞳には疑いが映っているわけでもなく、ただただ真っ直ぐで、自分の心が読まれている感覚に落ちた。

「ごめんね、すっかり忘れてて…」

 笑って誤魔化そうとしたが、声が上擦り、自分でも驚くほどの挙動不振さになった。
 空笑いしたわたしの顔を覗きこんできた彼は、「何時から?」と視線を外さず聞いてくる。この鳶色の瞳を目の前にすると、うまく言葉がでてこない。

「う…、えっと、もうそろそろ…」

「じゃあ、一時間だけつきあってよ」

 そう言った彼は、道の前方に見えていたカラオケボックスを指さし、へへっと笑った。