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恋愛小説「極彩パラノイア」14

愛する。ということ2

 きっと、田崎はわたしを〝好き〟という感覚では見ていないだろう。燈子もだが、彼もまた、わたしの理解の範疇を超えている。

「僕はね、将来を一緒に歩めるパートナーを探そうと思ってるんだよ。だから、好きとかの情熱じゃなく、ずっと生活していける相手かどうかを判断したいんだ。君となら、落ち着ける気がする」

「…それなら、相手は燈子でもいいんじゃないですか?」

 今日の二人を見るかぎり、会話が途切れることもなく楽しそうで、恋人同士といっても不思議ではない雰囲気だった。

「燈子ちゃんは信頼してる友達の大切な妹だからね。ちょっと違うんだ…」

 田崎は笑ってみせるが、心なしか表情を硬くしたように思われた。

「そうですか…」

「もちろん、睦月さんがその彼と付き合うことになれば、僕は退くよ。でもそれまでは天秤にかけてほしいんだ」

「でもそれは…」

「ね? 絶対、君の判断の邪魔はしないって約束するから。心苦しいなら、僕を友達として見てくれていてもいい」

 静かだがはっきりとした彼の口調に、つい言葉が漏れるように出てしまう。

「…分かりました」

 彼の言葉には何故か抗あらがえない。
 それは、わたしの負担にならない要求の仕方だからかもしれない。本当に冷静で頭のいい人だ。

「でも、燈子は、どうしてあんなに田崎さんとわたしをくっつけたがってるんですか?」

「さあ、どうしてかな。凄い勢いだよね。だから僕も君に興味を持ってるところはあるかな」

「そう…ですか」

 たしかに、第三者からのお薦め品は、実体よりも良いように見えるものだ。
 その第三者が親友の妹となれば、それなりに相乗効果があるのだろうか。

「正直なところ、田崎さんには燈子がおすすめです」

「どうして?」

「なんとなく…ですけど。燈子も、まんざらじゃないと思う」

「そう…」

 田崎の声のトーンが下がった。
 気を悪くしたのだろうかと表情を窺うかがったが、相変わらず穏やかでいつもと変わらなかった。彼と居ると感情が波立たない。まるで存在が空気のようで、隣に居ることすら気にならなくなる。それはいいことでもあり、つまらないことでもあった。
 わたしを家の前まで送ってくれた彼は、当然のように車から降りて助手席にまわり、ドアを開けてくれる。

「…ありがとう」

 彼らしいフェミニスト振りだ。さり気なくて嫌味がない。
 わたしは感心しつつ車から降りたが、手を伸ばしてきた田崎にごく自然な流れで腕を取られ、考える暇もなく抱き締められた。

「…あの、田崎さん?」

「君が、誰を選ぶかは自由だけど、僕が君に近付くのも自由だろ?」

 田崎は言葉が終わらないうちにわずかな距離を取って、わたしの頬にそっと触れるくらいのキスをした。
 彼の行動には迷いも隙も感じられず、拒む余裕はゼロだった。

「じゃ、おやすみ」

 そして、彼は別段なにもなかったような表情で運転席へと乗り込んだ。
 車を見送って一人になったわたしは、安堵のため息をつきながら家に戻る。田崎の行動には、どこか形式的なものがある。普通なら〝抱擁とキス〟と言えるものも、〝ハグと挨拶〟のような感覚だ。そこに恋などの情熱は皆無で、嫌悪感もなければ高揚感もない。彼自身が恋愛の情念を求めていないのだから生まれるはずもないのだろう。

〝ハグと挨拶〟を、うまくかわせばよかったのだが、一旦彼のペースに呑まれると逃れられないものがあった。天秤にかけろと言われ断れなかった自分が今頃になって腹立たしく思われる。

 どうして断れなかったのだろう?

 自分の部屋の物置と化しているフリーデスクに鞄を置いて、崩れるように椅子に座り、燈子に送るメールの文面を考えた。とりあえず、燈子には田崎とのなりゆきを連絡しておかなくてはならない。

 彼女には正直に今の中途半端な〝天秤〟状態を説明しておいた。送信してから一分もしないうち、燈子からの喜びの返事が返ってきた。

〈よかった~。田崎さんはいい人だから、すぐ結果出さないで見極めてほしかったんだ〉

 わたしからのメールを待っていたとしか思えないそのスピードに苦笑いする。
 彼女の文面を読んで少し考えたあと、

〈なら、燈子が田崎さんとつきあえばいいんじゃない?〉

 と送信したが、それ以降は彼女からの返信はなかった。
 燈子も田崎も、本心が掴めない。
 なにか隠しているような二人の態度が気になりながら、本棚に置いていた愛に関する名著を見つめた。
 その本には、愛とは技術そして努力と行為が必要なもの。と述べられている。乙女が妄想しがちな恋の発展形としての〝愛〟の幻想から目覚めさせてくれる内容が、みっちりと書かれていた。
 だが今のわたしは妄想だらけの乙女になりたいようで、その本を手に取る気分にはなれなかった。