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恋愛小説「極彩パラノイア」15

愛する。ということ3

 懐こい鳶色の瞳が、今日は何故か目の前にある。
 昨日、わたしがカラオケの途中で帰ったこともあり、彼が図書館に来るかどうかが不安だったが、いつもと変わらず三時に現れた。ただ、普段に座る隣の席を前へと移動し、席替えをしたようだ。
 今日の彼の装いは、めずらしく真っ白な半袖パーカーだった。が、ボトムは七色ボーダーのスリムパンツで、極彩加減が下に集中しただけだ。
 それにしても、どうして今日に限り前の席なのだろう?と不思議に思っていると、へへっと笑うオレンジ頭は、前の席から両手を伸ばして雑誌の見開きページを見せてきた。

「これ、やばくない~?」

 彼は、その雑誌をさらに押し出すようにして見せてくる。
 そこには、おいしそうなビーフシチューの写真とレシピが載っていた。

「…まあ」

「でっしょ。ねーさんビーフシチュー好き?」

「…まあ」

「だよね。俺も~」

 彼の表情からは、溢れんばかりの期待が窺えた。
 瞳をキラっキラさせて見つめてくる。まさか、シチューをわたしに作れとでも言っているのだろうか。決して自慢でも言い訳でもないが、実家暮らしのわたしは料理などというものを作った経験がない。

「めっちゃ食べたいよね?」

「……まあ」

「ね?」

 首を傾けて、更に懐こい表情でわたしを見つめてくる。
 だが、期待に沿うことが出来ないわたしは、読んでいた哲学書に目を逸らせた。

「ね~ね~、食べたいって思わねの?」

「…まあ…」

 だから、期待されても作れないんですってば!

「じゃあ、決定~」

 彼は、雑誌をずるずると引っ込めて椅子から立ち上がり、何気にわたしが読んでいた哲学書を奪い取る。
 驚いて顔を上げると、彼はにこにこっと憎めない笑顔を向けてきた。

「昨日の急用分をチャラにしてあげるから、今からつきあって」

「…は?」

 軽くフリーズ気味なわたしを放置して、彼はさっさと本を棚に返しに行った。
 不可解な行動にはかなり慣れたはずだったが、やはり毎回キワモノ振りを発揮する彼を分析せずにはいられなかった。とはいえ、全く納得いく結果など出てこないのだが。
 今も、〝ビーフシチューが食べたくなって、どこかの洋食屋にでも行くつもりなのだろうか?〟など、陳腐な考えしか浮かんでこない。

「行こうか」

 席に戻ってきた彼は、落ち着かずに座っていたわたしに軽く声をかけ、先に出入口に向かって歩きだした。慌てて後をついていく。いったい今日はどこへ行こうというのだろうか。

 デジャブ… 。

 昨日と同じ展開だ。
 まず行き先を聞いておこうと、図書館から出たところで彼の横に並んで声をかける。

「ね、今からどこに行こうとしてるの?」

「え、うち、くるっしょ?」

「…は?」

 連続デジャブに、思わず足を止めた。

「シチュー食べたいって言ったじゃん?」

 彼は、透き通る瞳で不思議そうにわたしを見つめてくる。

「言ったというか…」

 あなたの質問に返事をしていただけだし…と言いたい気持ちを抑えて、言葉を続けた。

「そのことと、あなたの家に行くことがどう繋がってるの?」

「それはね~…」

 彼は状況を楽しんでいるかのように言いかけた言葉を切ると、「内緒」と、にっと笑った。

「内緒って…」

 友達を誘うような感覚で、簡単に家に呼ばれても困る。
 というか、シチューと家が繋がるとなると、結局、まさか、やっぱり、ビーフシチューを作れなどと言うのではないだろうか。

 本当に作れないんだってば!

 叫びたい気持ちと逃げたい気持ちを我慢しつつ、悶々と考えこんでいたわたしを見て、彼がふと笑ったことに気付いた。

「心配いらない。おいで」

 見下ろし加減の落ち着いた瞳を向けてきた彼は、優しい微笑みを浮かべている。
 また、彼らしくない別の顔が垣間見え、心音が高鳴ったことに気付いた。そしてその表情に、妙にてんぱったわたしの気持ちが解されていくことを感じていた。