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恋愛小説「極彩パラノイア」17

愛する。ということ5

 宮元さんが帰り、パーティの後片付けを手伝い終わると、もう九時を過ぎていることに気付いた。

「大丈夫。遠くないし平気だから」

「駄目だって」

 そう言い切ってわたしからカバンを奪った彼は、「鞄質~」とへらっと笑って玄関の引き戸を開けた。
 外の世界はしっかり平成だったが、まだ、縁側のある和室のイメージから抜けきれずにいる。

「いいお家に住んでるね」

「うん、昔ばあちゃんが住んでた長屋を改造したからねー」

 どおりで彼らしくないはずだ。

「またいつでもおいで。みんな気軽に来てるしさ」

 それはそうだろう。今日の宮元さんの様子を見れば解る。
 彼女はとても楽しそうで、全く気遣いなく心底くつろいでいるように見えた。よく世間話をしに彼の家に寄るらしい。
 いきなり家に誘うなんて何を考えているの?と、構えてしまった自分が少し恥ずかしくなった。

「ありがとう。シチューもおいしかったし、宮元さんとのパーティも楽しかった」

「ん~、俺は、ねーさんに自分のことをもっと知ってほしかったんだよね。て、ま、もうちょっと二人きりで居たかった気もするけど…」

 彼はそう言ってわたしの顔を悪戯気に覗きこんでくる。
 暗い街頭の下、その瞳は艶美に揺れてわたしを心地よく動揺させた。

「あれ、里樹じゃない?」

 いきなり、前方から歩いてきた二人連れの一人が、驚いたように声をかけてきた。
 街灯が少なく薄暗い道で顔がよく見えないが、シルエットから女性と男性のようだ。彼は隣で立ち止まったまま、二人が近づいてくる姿を目を細めて見つめていた。

「…あ~、てめえらかよ~」

 彼は二人の顔が認識できたと同時に、気が抜けたような物言いで話しかけた。

「てめえらって…。今ライブ帰りで、里樹ん家に押しかけてやろうと思ってたのに、どこ行くんだ?」

 その会話から、二人は彼の友達だと分かった。
 たしかに暗い街頭の下でも、彼等はハレーション男子に負けないほどの鮮やかな装いをしている。この三人と同じ空間にいると、本来は地味なわたしの方が異色で浮いているようにすら見えた。

「仕方ないなあ。じゃあ、先に帰って待ってて」

 彼は、ポケットから鍵を出して友達に渡している。

「オッケ~。て、お前、どこ行くんだ?」

 男性の方が、視線をちらっと向けてきた。
 わたしはなんとなくこの色彩豊かな場の雰囲気に馴染めず、目立たないように数歩下がった。なぜだろう、異国の人達を眺めるような、その世界に踏み込めないような、そんな疎外感があった。

「近所に送ってくだけだから、すぐ戻るよ」

「お連れさん…。え、彼女? じゃないよな…」

「え…。あ…、ああ。違う」

 ハレーション男子の少し惑うような返事が、わたしの胸に鋭いものを刺した。
 彼女じゃない。
 それはその通りだが、彼の一瞬困惑した表情をどう読んでいいのか分からなかった。というよりは、友達にわたしを彼女と思われることが迷惑なように感じられた。

「やだな~琢磨、里樹と遊んでる女の子なんて星の数ほどいるじゃん~」

「いや、まあ、そうなんだけどさあ。ちょっと他の子たちと雰囲気が違うから…」

「雰囲気って何よ~」

 女友達は、大声で笑っていた。
 彼等の会話の内容に、居心地の悪さと嫌な動悸を感じて息苦しさを覚える。
 わたしは、完全に勘違いしていたのかもしれない。ちょっと優しくされて、浮ついた言葉を投げられて、馬鹿みたいに喜んでいただけだ。
 やはり、彼にとってわたしはただの友達、にもなり得るかどうか分からない、大勢の中の一人だったのだ。

「ね、あなたも迷惑でしょ~? なんか真面目そうだし、こんなちゃらっちゃらしたのの彼女だなんて言われたらイヤよね。もっと誠実そうな人がいいに決まってるよね~」

 女友達は、悪気のない語り口でわたしに声をかけてきたが、引きつった苦笑いを返すのが精一杯だった。

「俺、めちゃ誠実じゃん。ね?」

 冗談めかして話しかけてきたハレーション男子の顔を見ることができず、俯き加減に頷いた。こんなときさえ周りに合わせて笑えない自分に嫌気がさす。

 世界が違う…。

 そう思うと、どうしようもない空しさと惨めさがこみ上げてくる。
 ここは自分の居場所ではない。いたたまれなくなったわたしは、何を思ったのか振り返って全速力で走り出した。感情につき動かされた行動に、全く頭がついていっていない。

「え、ちょっと! どうしたの?」

 後ろから女友達が叫んでいる声が聞こえてきたが、もう止められなかった。
 ただ逃げたい気持ちだけで走り続けている自分がいる。

 やっぱり、からかわれていただけだった…。

 認めたくなかったが、三人の会話や友達の質問の返事に惑う彼の態度に、嫌というほど現実を実感させられてしまった。
 胸の苦しさから逃れるように走り続けたが、駅の裏側は入り組んでいて、気付けば小道に入り込みどんどん道が狭くなっていく。近所であるはずなのに、駅の裏通りはほとんど把握していないことに気づいた。完全に迷ってしまったようで、自転車さえ通れないような細い道で力尽きてその場に座り込んだ。
 膝を抱えてうな垂れると、自分が滑稽こっけいで苦笑いが浮かぶ。

 本当に馬鹿みたい…。どうして逃げたんだろ… 。

 彼の反応がそれほどショックだったのだろうか。それとも彼に似合わないと言われたことが?
 息を整えて丸まっていると、来た道から足音が近付いてくることに気付いた。

「…かんべん…してくれ」

 薄暗くて姿ははっきり見えないが、その声に思わず立ち上がる。

「あのさ…、俺、短距離走とか苦手だし…」

 ハレーション男子が、息を切らせて近付いてくる。
 自分の世界に入っていたわたしは、彼が後を追ってきていたことなど全く気付かなかった。
 そして、彼に鞄を預けたままだったことに今更ながら気付いた。