にほんブログ村 小説ブログ 人気ブログランキングへ

恋愛小説「極彩パラノイア」2

ハレーション男子2

 一瞬『報復に来た?』と構えたが、その表情に敵意は見えず、にこにこと人懐こい笑みを浮かべている。そしてわたしが〝YES〟の返事をするまでもなく、隣の席の机の上に雑誌を重ね置いて椅子に座ってしまった。

 なぜ、ここ??

 館内の閲覧席は空席だらけだというのに、どうして真隣に座るのだろうか。戸惑っていたわたしをよそに、隣の男子はごく普通に雑誌を開いて目を通しはじめていた。

 なに?この子?軽い嫌がらせ?

 何の理由ですぐ隣に座ったのか検討がつかない。人の少ない図書館の中で、見知らぬ人同士が隣合って座っているのはどう見てもおかしな光景だった。だがいきなり席を立って帰るのも、どこか当てつけがましくて大人気ないとも思われた。

 とりあえずは気にしないで集中しようと本に意識を向けたが、彼の動きが気になり、すぐに気が逸れてしまう。

 はじめは大人しく座っていた男子だったが、しばらくすると椅子の上にあぐらを組んでみたり、だるそうに机につっぷしてみたりと、退屈した小学生の授業態度のようになってきた。極めつけがヘッドフォンを付けての鼻歌。

 やっぱり気が散る!

 本人は至って楽しそうに雑誌のページをめくっているが、こっちはたまったものではない。
 彼の全体的な色合いにもハレーションを起こしそうだった。隣の席だから直視しないとはいえ、目の端に写る服装の色の組み合わせが強すぎる。しかもレディース用の香水をつけているようで、やたらと甘ったるい花の香りまで漂ってくる。彼が本のページを捲めくるたびに、重そうなブレスが机にがちゃがちゃと当たって耳障りだ。
 これまで生きてきた中で、良い悪いの判断は別として〝派手〟だとか〝目立つ〟という種類の生き物に関わったことは数少ない。ひっそり地味な人生を送ってきたわたしには、全く接点を感じられない人物だった。

 視覚、臭覚、聴覚がおかしくなりそうだ。隣に人がいるだけでも気が逸れるのに、狂い咲いた雄花のような人物が近くにいるとなると、もっと落ち着かない。
 気付かれない程度に少しだけ椅子を離す。と、彼は、けだるそうに頬杖をついて、わたしをじぃっと見つめてきた。

「…なにか?」

「いや…。なんだか小難しそうな本、読んでんなあって…」

「は?」

「ん~、…てかあ、俺ってやっぱさあ、ねーさんのお邪魔?」

 わたしはあなたの、〝おねーさん〟じゃないのよ。

 と思いつつも、覗き込むように見つめてくる懐っこい眼差しに引き込まれ、「そんなことはないけど…」と、つい返事をしてしまった。
 よく見ると彼の目は澄んだ鳶色をしている。その面持ちは硬質な品があり、外見の極彩色とはアンバランスで似つかわしくなかった。

「そ? よかった~。俺バイトの時間まで暇なんだよね。あ、この近くの服屋でバイトしてんだ~。けど、外、すっげ暑いからここに居たいんだ~。いい?」

 彼はだらんとテーブルに突っ伏し、斜めに見上げるようにこちらに視線を向ける。
 その瞳に少しだけ大人びた艶っぽさを感じて慌てて目を逸らせ、小さく頷いた。

 誰かが隣にいるとやはり調子が狂う。はやく一人になって本に集中したい。時間が過ぎることだけを祈りつつ、男子を目に入れないように視界をずらせてみたが、彼はいとも簡単にバリアを破って極彩加減を主張してきた。

「ねえねえ、ねーさん、こういうの見れば? おもしろいよ」

 わたしが本に集中していようがいまいがどうでもいいのだろう、おかまいなしに話かけてくる。

「…」

 彼が差し出してきた雑誌のその表紙は、派手派手な女子が上目遣いに、ででんっと載っている色鮮やかなファッション雑誌だった。
 わたしは言葉なくその雑誌を彼に押し返した。

「え? 見ねの~? 絶対こういうの見たほうがいいって。なんかあ、ねーさんて地味そうじゃん? これ見たらさあ、世界広がっちゃうと思うけどな~。いいと思うんだけどなあぁ。せっかく持ってきたのにぃ」

 ぶつぶつと、それでいて楽しそうに文句を言う彼に、心の中でため息をついた。

 一体、何様なのよ…??

 確かにわたしの外見は地味だ。着ているものも、少し高価でも長く着られる無難なデザインの無彩色のものが多い。そして伸びた髪はいつもきっちりと一つにまとめている。このスタイルは高校生の頃からずっと変わらない。当時のあだ名は委員長だった。こう説明すれば、わたしという人格が、ある程度堅物なのが分かってもらえるだろう。

 さらにもう一つ、耽美主義でもある。美しいものに至極惹かれる。自分が美を備えていないぶん外に求めてしまうのかもしれないが、何のジャンルにせよ洗練され美しいものが大好物だ。
 だからだろうか、隣の多色彩男子を目に入れると自分の美的感覚が崩されてしまいそうで怖かった。

 彼は、雑誌数冊を読むというよりは眺めながら、たまにスマホをだるそうにいじったりして時間を潰していた。そして四時十分前には図書館を出て行った。去るときは挨拶もなく無言だった。こんにちわ、の挨拶が出来ても、さようなら、の挨拶が出来ない人種なのだろうか。
 今時の若者たちはこうなのだろうか。とにかく一般的な常識が通じる相手ではないようだから、理解しようとする努力はすぐに放棄した。