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恋愛小説「極彩パラノイア」20

恋に破れたキューピット2

 アルコールが進むと、二人は夢中で映画の話をしはじめる。わたしは横で、その会話をぼーっと聞いていた。嬉しそうに頬を染めて笑う燈子と、彼女の顔を見つめて楽しそうに語る田崎。
 客観的に二人を見つめているうち、徐々に、そしてはっきりと確信したことがあった。
 今は、ボタンの掛け違いなだけだ。
 時間がたつにつれ、二人が想い合っていることが、その会話、視線、態度にはっきりと現れてきていた。二人は周りのしがらみからか、ちょっとしたズレで素直になれないだけだろう。

 ということは、わたしは一体どうすれば…?

 とても複雑な気分だった。

「あ、もうこんな時間…。お邪魔虫は帰ります」

 燈子は、自分の皿を持って立ち上がった。

「え、じゃあわたしも」

 まさか彼女が途中で帰ると言い出すとは思わず、慌てて皿とグラスを持つ。
 本当のお邪魔虫はわたしのほうだろう。

「やだな、睦月はゆっくりしていって。わたしだけ帰るから」

 そう言いながら、燈子は、ちらっと田崎に目をやった。

 引き止めてほしいんだ…。

 だが田崎は、ただ微笑んでいるだけで何も言わない。

 ああ、なるほど。

 二人の微妙な気持ちの流れを感じ、一人で納得した。
 彼は燈子の期待には気付かない。二人がいい雰囲気になったとしても、燈子の気持ちが読めない田崎は、肝心のところで彼女に肩透かしを食らわせているはずだ。
 そういう積み重ねで、普段なら積極的な燈子も、彼には好きだと言えずにきたのだろう。

「じゃ、しばらく居させてもらおうかな…わたし、田崎さんに話したいことがあるし」

 敢えて意味深に、話があるということを口にしてみた。
 予想通り、燈子の顔色が変わる。

「ん、じゃ、わたし先帰る…」

 アルコールのせいだろうか、落胆の色を隠そうともせず、彼女はキッチンに足を運んでシンクに皿を置いた。
「後片付けはお願いね」と、無理な笑顔を見せ、エプロンと鞄を無造作に抱えながら去っていく。玄関まで見送ろうとした田崎を待たず、逃げるようにして部屋を出て行った。

「いきなり帰っちゃったな」

 彼は、苦笑いしながら戻ってきた。
 田崎、という人は、外に見えることには敏感だが、他人の秘めた気持ちなどには疎いのかもしれない。全く燈子の気持ちには気づいていないだろう。

「で、話って何?」

 穏やかな微笑みで再び隣に座り、グラスにワインをつぎ足してくれる。
 わたしに向けられた彼の瞳には、燈子を見つめる時の情熱が映っていない。

「やはり、わたしは田崎さんとは交際できません」

 真っ直ぐに彼を見た。

「…そうか、いいんだ、残念だけど」

 少し視線を落とした彼は、微かに笑う。
 だが、その言葉にも態度にも、気落ちしたような感情は伴っていない。それはそうだろう。彼はわたしのことを好きではないのだから。

「田崎さんは、燈子が好きなんでしょ?」

「…え」

「自分で気づいてないなんて、言わせないから」

 目を丸くした彼は数秒固まっていたが、ふと苦笑いすると大仰なため息をついた。

「ばれた?」

「もちろん」

「かなり隠してたつもりだったんだけどなあ…。ばれてたなんて、自信なくすなあ…」

 以前、彼に燈子がおすすめだと話したとき硬い表情になったのは、動揺を誤魔化すためだったのだろう。

「で、どうして燈子に告白せず、わたしと付き合おうとするんです?」

 わたしの質問に、彼はわずかに感傷的な表情を見せた。

「燈子ちゃんは、友達の妹だしね。今は好きでも情熱が冷めた時には親友までなくしそうだ」

「そんなこと…。付き合ってみないと分からないでしょ?」

「いや、それ以前に、彼女は俺をそんな目では見てないよ」

 彼は、まいったというように、ソファに身体をどっぷりとあずけた。
 やはり、彼女の気持ちには全く気づいていなかった。あんなに分かりやすい彼女の気持ちに、どうして気付かないのだろう。
 燈子は想いを寄せる田崎との恋愛を、随分と前に諦めてしまったのだと感じた。そして、純粋に友達のわたしに彼を紹介したかったのだろう。だが、彼を慕っている以上、逢って優しくされれば気持ちを確かめたい感情も沸いてくる。彼の態度に期待と落胆を繰り返しながら、これまで友人の妹として付き合ってきたに違いない。
 わたしは失恋したばかりだというのに、この不器用な二人を放っておけなくなってしまった。

 ほんっと、手がかかる…。

 燈子に、短文のメールを送信した。

「田崎さん、賭けをしませんか?」

 わたしは、燈子に送ったメールの内容を田崎にも送信した。

「え、なにを?」

「このメールで、燈子が戻ってくるかどうか」

 彼はわたしの言葉が理解できないようで訝しげに見つめてきたが、届いたメールの内容を読んで目を大きく見開いた。

「わたしは戻ってくるほうに賭けます。戻ってきたら彼女に告白してください」

 しばらく考えるように黙っていた彼は、顔を上げると、「戻ってこなかったら?」 と、試すような視線を投げてきた。

「そのときは、田崎さんが燈子の家に行ってください。たぶん、泣きはらしてると思うんで」

 わたしの言葉に彼は呆然としたように黙ったが、二呼吸後、微かに口元に笑みを浮かべた。

「君って、ちょっと変わってるよね…?」

「え…?」

「いや、いい意味でね。やっぱり、僕、君のこと好きだな」

 田崎は、おかしそうに声を上げて笑う。
 少し、彼の頬が紅潮しているのは、アルコールの加減だけではないだろう。情熱的な恋を否定していた彼も結局、好きな人に惹かれてしまうパワーには逆らえない。

「友達として。ね」

 わたしは、きちんと言葉を付け足しておいた。
 田崎のマンションを出て、ふらっと歩きながら自分が燈子に送ったメールの文面を見直してみる。

〈報告。今日、田崎さん家に泊めてもらうね〉

 ちょっと唐突すぎたかな?と首をかしげた。

「ま、どっちにしても、なんとかなるでしょ」

 自分の恋愛もままならないのに、他人の面倒を見てどうするのだろう。
 ふと、ハレーション男子の顔が浮かび、胸の苦しさが風のように通り抜けた。

「はぁ…。もう忘れればいいのに…」

 少しぼやけた月を見上げて、空笑いするしかなかった。