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恋愛小説「極彩パラノイア」21

無彩色女子の恋1

 もう八月も終わろうというのに、息苦しい暑さは続いていた。
 そして、その暑さにも負けないほど熱く溶けそうな恋をしている人物が、学内図書館の隣の席に座っている。彼女は、読書中のわたしに向かって小声で呟いてきた。

「二十八歳の商社マンと、二十四歳の公務員、どっちがいい?」

「…だから、いいってば…」

「それじゃ気が済まないんだって。あ、二十四歳のほうは、田崎さんの後輩ね」

 パーティの日、田崎はわたしの賭け通りに行動したようだ。
 結果として燈子が彼のマンションに戻ったか戻らなかったかは聞いていないが、次の日、彼女からの〝わたしたち交際します、ありがとう〟メールが送られてきた。
 じれじれしていた期間が長かった二人は、今、やたらと情熱的な恋愛をしているようだ。
 とにもかくにも、わたしのメールがきっかけでめでたく田崎と結ばれた燈子は、幸せオーラを撒き散らしながら、いろいろな男性の紹介話を持ってきた。はっきり言って、いい迷惑だ。おとなしく、二人でラブラブしていてくれればそれでいい。

「ちょっと睦月、いい加減にチャラ男は忘れなさいよ!」

 静かな館内で声を張った燈子は、周りの刺すような視線に小さくなりながら、囁くようにして言葉を続けた。

「彼と切れて一ヶ月近くになるんだから、そろそろ別の彼氏を見つける気持ちにならないと…」

「…忘れたよ。もう」

 自分の言葉とは裏腹に、また胸がズキンと痛む。
 時間が経つにつれ彼のことは忘れていくはずだったのに、どうしても苦しい気持ちが薄れない。

「じゃあ、これは?」

 彼女は、わたしが読んでいた本を取り上げてカバーを見せてきた。

「…関係ないでしょ」

「ずっと、恋に関する本読んでるじゃない? しかも失ったほうの」

「…だから、たまたまだってば」

 胸の苦しさを押さえこんで、笑って誤魔化した。
 彼女は、そんなわたしをじっと見つめて軽く頬杖をつくと、考え込むような表情をした。

「で、本たちは睦月を慰めてくれたの?」

 更に心の痛む箇所をついてくる。
 彼女の言うとおり、わたしは本に癒しを求めていた。失恋の痛みを消してくれる本を探し求めて読み漁っていた。
 だが、どんな恋愛本も心理の名著も、読むだけでは机上の空論でしかない。頭だけで納得できても、感情がついていくはずもない。

「ところで…。睦月ってさ、なにか後悔してない?」

 燈子は、何気なく探るような瞳を向けてくる。

「後悔?」

「そう。まだ彼を引きずってるってことは、悔やんでいることか、やり残していることがあるんじゃないかって思うんだけど…」

 彼女の言葉に、胸に仕舞い込んでいた何かを抉り出された気分になった。
 彼にぶつけてしまった言葉や、自分の本当の想いを伝えられなかったことに、殊のほか悔やんでいるのかもしれない。
 自分では気付けなかったが、燈子にはっきりと言葉に出され、改めて実感できた。

「思いつくことあるの?」

「…ある、かもしれない…」

「それ、すっきりさせたらどう? わたしでよければ、相談に乗るし」

 微笑んでいる彼女の顔を見つめて、束の間、頭の中を整理する。
 遣り残したこと…。今更かもしれないが、彼に本心を伝えて謝りたい。そうすれば、次の恋にも踏み出せる気がした。

「もう一度彼に逢って伝えたいことがある…」

「…伝えてすっきりするなら、言っちゃえば? これから電話で言いいなよ。簡単じゃない」

「…連絡先を知らないんだよね」

 そう、最後の最後まで、彼のことはほとんどなにも知らなかった。
 友達が呼んだ〝里樹〟という名前と住処以外は。

「そっか…。あ、彼の家は行ったんでしょ? ささっと行って話しておいでよ」

 軽い感じで燈子はすすめてくる。
 そうできればいいのだが、彼の家には常に極彩色人達がたむろっていそうだ。あの異国人的な人達の中に入っていくことに、かなりの抵抗がある。

「なにか引っかかることあるの?」

 わたしの表情に難色が見えたのか、彼女は首をかしげて聞いてきた。

「…世界が違いすぎで勇気が出ないの…」

「は?」

 よく考えてみればどうでもいいような悩みだったが、とりあえず燈子に打ち明けることにした。