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恋愛小説「極彩パラノイア」23

無彩色女子の恋4

 わたしはあまりの緊張加減に、背を向けてすぐにでも逃げ出せる体制を整えていた。
 真後ろで引き戸が全開にされる音がする。

「誰~?」

 すぐ後ろに彼を感じると、やはり固まってしまって振り向けなかった。
 しばらく振りの甘い花の香に、心が乱される。

「誰だ?」

 少し声の調子を落とした彼は、わたしの前に回って顔を覗かせてきた。
 一瞬視線が合ったが、変わらない鳶色の瞳に胸が締め付けられ、すぐに逸らせてしまった。彼はおもむろに腕を組むと、俯き加減のわたしをじっと見つめてくる。

「あの…」

 その視線に耐え切れず口を開いたが、わたしの言葉を止めるかのように、彼は手の平をこちらに向けた。
 そして、無言でまた玄関の中へと入っていく。
 黒のタンクトップに肩が全開しそうな黄色のアンサンブル。その極彩×警戒色と真っ赤なイージーパンツをさらっと着こなす彼を目の前に、さすがに気後れを感じた。久しぶりに目にする極彩色が、あまりに刺激的だったのだ。
 だが、このまま無視されて帰るわけにもいかない。自分を奮い立たせ、彼の後を追うように玄関から中に入る。

「あの、すみません」

 左の和室をのぞくと同時に、道で出会った彼の友達が部屋から土間に降りてきた。

「あ、ごゆっくり~」

 彼に続くようにしてもう一人男子が出てくると、二人は連れ立って外に出ていく。

「話、あんでしょ? 入れば?」

 和室のテーブルの上に散乱しているスナック菓子や飲み物を片付けていた彼は、愛想なく呟いた。
 わざわざ、話す場所を作ってくれたのだろう。

「あ…。ううん、ここでいい…」

 だが、息苦しいほど緊張していたわたしは、可愛くない遠慮をしてしまった。

「…そ?」

 彼は片付けの手を止め、土間に足を下ろすように和室の端に座り、真っ直ぐにわたしを見つめてくる。
 相変わらず心の中まで見抜かれそうな程に強い瞳。そう感じるのは、彼の顔立ちのせいかもしれない。纏う色とはアンバランスなほど透徹な品がある。胸の動悸が邪魔をして、言葉がうまく出てこなかった。

「で、なに?」

 なかなか声を出せないわたしを見かねたのか、片膝を抱えて上に顎を乗せ、少しだるそうに訊いてきた。

「あ…、わたし、謝りたくて」

「なにを?」

「…最後に逢った日、あなたを否定するようなことを言ったから…」

 詰まる息を感じながら、言葉を出した。
 彼は視線を斜め上に見上げてくると、少し目を細めた。

「…それだけ?」

「…うん、それだけ。…お邪魔しました」

 この緊迫感が絶えられず玄関へと足を向けたが、一歩はやく彼が立ちふさがり、後ろ手に開いていた引き戸を閉めた。

「あ…の」

 腕を組んで扉に凭れ、どこか投げやりな瞳で見下ろしてくる彼は、微かに笑みを浮かべる。

「それだけじゃ帰せねーし」

「…え?」

 思わず彼の顔を見つめるが、その表情には一つの柔らかさもない。
 わたしは頭を打たれた気分になる。何を期待していたのだろう。素直に謝れば、出会った頃のような笑顔を見せてくれ、許してくれ、気持ちよくケジメが付けられるとでも思っていたのだろうか。浅はかだった自分に今更気付いた。

「なあ、なんでそんな格好してんの?」

 彼の疑問は当たり前だろう。
 地味な女がいきなりギャルになったのだから。だが、咄嗟にどう説明すればいいのか言葉に困った。

「…これは…友達が…」

「友達が何?」

 次の言葉を急かされるが、胸が震えて再び声が出せなくなった。
 無言でわたしのすぐ前に近付いた彼に、無意識の不安から一歩退いてしまう。この空間で、何を話してどう立ち回ればいいのか、全く分からない。折り重なる複雑な想いで感情が高ぶっていた。

「だからさあ…」

 もどかしそうな声とともに、素早く延ばされた彼の両手がわたしの腰を捕らえた。
 覗き込むようにして見つめてきた彼の瞳は冷たく澄んでいる。最後に逢った日、彼に押し迫られたことを思い出し、身体が一気に固まった。彼の両手が艶かしく背中に回されていく。

「こんな格好で男の家に来るってことは…誘ってんだろ?」

 耳元で吐息のように甘く囁いた。
 やはり、もうわたしが思い描いている彼は居ない。目が覚めた思いで、思い切り彼を突き放す。
 結局は、本当にいい加減な男に騙されていただけだった。こんな男のために一ヶ月も悔やんできたというのだろうか。腹立たしさで、今までの緊張が吹き飛んだ瞬間だった。

「だからっ、この服装は派手なあなた達に気後れするのが嫌だったから、友達のすすめでこうしただけ」

 苦々しい感情とともに、一気に言葉が湧き出してくる。

「本音じゃなかったあの時の言葉を悔やんで謝りに来たけれど、謝る必要なんかなかったのね。馬鹿みたい…」

 さっきまでの惑いは消え、感情を彼にぶつけている自分がいた。
 心に溜まった言葉の決壊で、次々に言いたいことがこぼれ落ちていく。

「本音ってなんのことだ?」

「あの日あなた達の会話を聞いて、遊ばれてたって分かった自分が惨めだった。だから逃げた上に酷いことを言ったの。本心じゃなかった。でも謝る必要なんてなかったんだよね。やっぱりわたしはからかわれてた。でも、これですっきりできる」