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恋愛小説「極彩パラノイア」24

無彩色女子の恋5

 止まらない言葉を捲くし立て、それと一緒に涙が頬を伝っていく。
 感情的になっているからだろうか、悲しいはずがないのに、なぜか涙が溢れてきた。彼はそんなわたしを見て、他人事のようにふと笑うと、再び和室の端に腰をかけて土間に足を下ろした。

「で、すっきり忘れられる。って?」

「そう。嬉しいくらいさっぱりできる。じゃあ、さようなら!」

 捨て台詞のように言葉を投げて玄関へ向かったが、服に何かを引っ掛けたような違和感があり、瞬時に足を止めて振り返った。

「な…なにすんのっ!」

 〝服に何かを引っ掛けた〟のではなく、彼がワンピースの裾を掴んでいることに気付く。
 胸の下からのミニフレアが大きく広がって思わず絶叫した。

「あ、わりぃ。そんな服着てっからだろ。まあ、待てって」

 彼は手を離すと、大騒ぎしたわたしに呆れたような表情を向けただけで、全く反省の色が見えない。

「あなたは!…」

 怒りに任せて声を上げようとしたが、彼の言葉が鋭く被さってきた。

「全然分かってねーだろ、自分のこと」

 そう言うと、だるそうに身体の後ろに両手をついてわたしを見上げてくる。
 その姿勢に反して、向けられた瞳の力の強さに思わず目を逸らせた。

「…なにが?」

「ねーさんがここに来たのは謝るため?よく分かんねけど、友達に相談して、イメージ変えて、そこまでして俺に逢いに来た理由ってなんだ?」

 冷静に投げかけてくる質問に、戸惑いを感じながら答える。

「…だから、あなたに酷いことを言って悔やんでたから。謝ってすっきりしたかったの」

「ふん…。ま、いいや。で、すっきりしたらどうなる?」

「…したら、次に踏み出せる気がする」

「てことは?」

 彼の質問の意図が全く理解できない。
 この問答のような会話に、頭の中が沸々と湧き出しそうになるばかりで、彼の最後の質問に答えなど出てこなかった。

「分かんねぇ?てことは、すっきりできなきゃ、俺のこと好きなままってこと。だ」

「…は?」

 わたしは、その思い上がった言葉に呆れかえって彼の顔を見つめた。
 余裕の表情で口元に笑みを浮かべている。以前の彼ならまだしも、今、目の前にいるチャラ男を好きだと思うはずがない。

「なに言ってるの?馬鹿じゃない?」

「そか?ねーさんはさ、自分のこと全然分かってないんだって」

「分かってるよ! あなたよりは絶対に!」

 どうしてだろう、彼の淡々と人を見透かしているような言葉が悔しかった。
 お前のことは解ってるんだとでも言うような、やけに落ち着いた態度も気にいらない。今の彼の全てが、気にいらない。

「じゃ、なんでそんなに怒ってんだ? 謝りたかっただけなら…、俺をなんとも思ってないなら、怒ることもねだろ? だし…」

 彼は一瞬だけ間を取ると、にわかに立ち上がって台所のほうへと歩いていった。
 話の途中だったはずだが…。突然の意味不明な行動に呆気にとられる。いつもの彼らしいといえばそれまでだが、放置されたわたしは身体の力が抜けていくことを感じ、さっきまで彼が座っていた場所に腰をかけた。

 本当に、わたしは何を怒っているんだろう…。この怒りは一体…?

 土間に敷かれている砂利を見つめて、荒れている心の中を探った。
 自分の想像では、彼にきちんと謝って、すっきり忘れて、次の恋に向かうはずだった。自分さえすっきりできれば、やり残したことがなければ、それでいいはずだった。彼の実態がどれだけチャラかろうが、いい加減であろうが、全く関係がない。彼が言うとおり、それに対して怒る理由など一つもない。
 なのに、まだ彼の前では戸惑い、ちょっとしたことで苦しくなり、期待を裏切られると腹立たしくなる。

 期待…?

「ほら、水分補給」

 いつの間にか傍に来ていた彼に気付いて顔を上げると、湯のみに入ったお茶を差し出してきた。
 緑茶のいい香が漂ってくる。無言で受け取ったわたしは、両手で湯のみを握り締めた。

 暖かい…。

 口をつけると、ちょうどいい温度で体内に染み渡っていく。思いのほか身体が乾いていたようで、ほとんど一気に飲み干してしまった。

「…だし、なんとも思ってない相手なら、そんなに涙でねぇよ。普通」

 彼は優しい瞳で微笑みながら見下ろしてくる。
 久しぶりに彼の心に出逢えたように感じ、急に胸が熱く苦しくなった。少しの間止まっていた涙が、またスイッチが入ったかのようにに溢れて出してくる。止めようとしても、胸が詰まるばかりで一向に止まらない。
 悔しいけれど、彼の言葉を認めざるを得なかった。わたしの思考が彼をどれだけ拒んだとしても、身体と感情が目一杯好きだと表現してしまっている。
 結局、彼に謝るために来たなんて言い訳だったことに気付いた。
 ここに来たのは、ただ、彼に逢いたかったからだ。