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恋愛小説「極彩パラノイア」26

無彩色女子の恋7

 わたしのギャル装は、一日だけで終わった。
 なぜか燈子には大絶賛され、ずっとギャルでいろと言われたが、やはり身につけるものは無彩色でないとしっくりこない。
 それに正直なところ、ギャルメイクは時間がかかりすぎで面倒だった。
 そんな時間があれば本の数ページでも読み進めたい。
 かといって、一度体験したギャル装もそう悪いものでもなく、違う自分になれるようで変身願望的な病みつき感がある。

 イメチェンもたまにはいいかも。

 と思いつつ、最近は派手派手女子のファッション雑誌も目にするようになった。
 人はちょっとしたことで変われるものなのだと実感する。

「なんだそれ~」

 だるそうに頬杖をついて少しイラっとした声を出し、わたしが見ていた雑誌に目を向けてくる、隣の席の極彩色男子。
 いつもの地域図書館で響きわたる声を出した彼に、わたしは人差し指を唇の前に立てた。

「あ、わり。でもさあ…」

 苦笑いして、声のトーンを落としてくる。

「最初に、こういうの見れば? って言ったのはあなたでしょ?」

「…まあ。でも俺、派手なのちょっと苦手~」

「は?」

 極彩色のあなたが言う? と言いたい気持ちを抑え込んだ。

「だって、落ち着かないっしょ?」

 だからっ、あなたが言う?? と言いたい気持ちを、再び抑え込んだ。
 今日も虹色ボーダーインナーの上に鮮やかグリーンのレイヤードカットソーを重ねている。ボトムはデニムで落ち着いていたが、そのぶん赤のレザーブーツが目に飛び込んできた。そんな極彩色人の彼に、派手が苦手という言葉が出てくること自体、摩訶不思議だった。
 わたしの怪訝そうな表情に気付いたのか、彼はへへっと笑って言葉を足した。

「俺の周り見れば分かんね? 落ち着いてるものが好きなんだって。家もそうだし…。ねーさんも」

 まったりと言うと艶っぽい瞳を向けてくる。
 胸が一気に高鳴って息苦しくなった。いきなりそういう言葉を簡単に出してきてしまう彼に、やはりまだ慣れられない。

「てことで、没収~」

 彼は、わたしの手から雑誌を取り上げる。

「あ、ちょっと」

 思わず手を延ばしたが、その手を彼に掴まれた。
 図書館で何をイチャこいているのだろうと思いながら、彼の手をそっと払う。

「あのさぁ…」

 彼はわたしの顔を透き通る瞳で見つめてきた。

「里樹って呼べば?」

「え…」

 そういえば、わたしは彼のことを、まだ〝あなた〟などとよそよそしく呼んでいる。
 だが、急に呼び捨てにすることもできずに、口ごもってしまった。

「じゃあ~、ねーさんの名前、教えて」

 そう、そして、まだわたしの名前すら、教えていなかった。
 名前も何も知らず、ここまで繋がりを持てたことが不思議だった。だが、恋には形式的なものも条件的なものも、何一つ必要がないことに気付かされた。
 ただ、熱い情熱に突き動かされ、離れられなくなってしまうものなのだ。

「…睦月。葉山睦月」

「ふ~ん…」

 彼は、机の上に置いていたわたしの手を再び取って、甘く視線を絡ませてくる。

「睦月、俺の名前呼べって」

 わずかに声を低くした彼は、囁くように言う。
 なぜか、自分の名前を呼ばれただけで、胸の奥がしびれるような感覚を覚えた。目の前にはわたしの反応を楽しんでいるかのような彼の瞳がある。

「…里…樹?くん?」

「あ?…なんで、くん付けの疑問形?」

 満足しないように少し目を細めた彼の表情に、もう一度動悸を抑えながら呟いた。

「…里樹」

 戸惑いながら言葉を出したことが気にいらなかったのか、彼は何も言わずわたしをじっと見つめていた。

 どうしたらいいのだろう…言い直すべき?

 どきどきしながら首を傾げたわたしに、

「…やべ。かわい。キスしてぇ」

 と、何気なく、そして率直に言葉を出してくる。
 驚いて動揺したわたしは、反射的に椅子から仰け反った。

「うっそ~。あ、まじやべ~」

 彼は、掛時計に目を向けると、急いで椅子から立ち上がる。
 どうやらバイトの時間のようだ。
 最近ぎりぎりダッシュが常になってきた彼は、机の上の雑誌や絵本を重ね、わたしの前へと移動させてくる。
 彼の読み終えた本を片付けることが、わたしの役目になっていた。

「じゃ、よろしく」

 肩に手を乗せてきた彼を見上げるように振り返ったが、逆の方向から、軽く頬に触れるようなキスが降ってきた。

「…な…!」

「またね~」

 へらっと笑って去っていく。
 心臓の動きが大きくなって止められない。まだまだ彼に翻弄されてばかりだった。

 そういえば、まだ電話番号すら聞いていない…。

 彼の持つ色とは相反して、とてもアナログ的で手探りな恋愛をしている。だが、そのゆったりとした感覚がとても心地よく感じられた。
 迷惑にも館内を人とぶつかりそうになって走っていく極彩色を目で追いながら、顔がつい綻んでしまう。
 もしかすると恋愛慣れせず覚束ないわたしのペースに、彼が合わせてくれているのかもしれない。

 地味で無彩色のわたしは、これからどんな色に変わるのだろう。
 窓から見える外の日差しは、まだ暑いままの夏の色をしている。秋になるころには、わたしの色も変化しているだろうか。
 彼が残していった本たちを手にしたわたしの爪に、昨日はじめて塗ったマニキュアが光る。

 そのピンクの薄い色が、少し恥ずかしそうに笑ったように見えた。

 

                                            ───────── 終 ─────────