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恋愛小説「極彩パラノイア」4

求愛ダンス1

 次の日の三時十分前、わたしは図書館のエントランスで「さんびきのこうま」の絵本を持って待っていた。

 人との待ち合わせでは、いつも時間よりはやく着いて待つ側になることが多い。図書館前でと言われていたが、屋外で待ち合わせすることは苦手だった。相手が少し遠い場所からこちらに気付いて向かってきた時、どう反応すればいいのか分からないからだ。笑顔を作って待っていればいいのだろうか、視線は合わせすぎないほうがいいだろうか、などなど、深読みしすぎて疲れてしまう。きっと、自分で言うのもなんだが性格が生真面目すぎるのだろう。

 そんなことを考えていると、ドアが開いて多色彩が目に飛び込んできた。

「おまたせ~」

 相変わらず目の前の人物は、自然に瞬きを求めてしまうほどの極彩加減だ。
 だが、それほど拒否反応を感じないのは、彼が見せる憎めない笑顔のおかげだろうか。

「これでいい?」

 わたしの名前で借りておいた絵本を差し出す。

「うん、さんきゅ~す。で、ちょっとねーさん時間ある?」

「え? どうして?」

「悩みの相談のってほしい~、な」

「は…?」

「ね?」

 彼はポケットに手を入れると、ちょっと首を傾げて「へへへっ」と笑った。

「こんな店が近くにあったんだ…」

 図書館から徒歩十分ほどの雑居ビルの地下。
 彼のおすすめというカフェに連れられてきていた。相談があると言われると、心理を勉強し将来はセラピストを目指す身としてはどうしても断りきれなかった。

「ここはバイト仲間とよく来るんだ~」

 床に土が敷かれた店内は、壁にタイルが貼られたオリエンタル風な造りで、少し薄暗く、香の煙が漂っていてとても落ち着く。
 なんとなく彼には似つかわしくない空間だった。もっとサイケやアロハな軽いイメージのほうがしっくりくる。

「なにしよっかなぁ、ねーさん何飲む?」

 メニューを見ていたわたしの目の前に、彼は顔を近づけてくる。
 テーブルと椅子は木製で小さく、対面の距離が思ったよりも近い。慌てて背中を伸ばして離れると、彼にメニューを渡した。

「アイスコーヒーで」

 声がうわずってしまった。
 この異様なそわそわ感は、極彩色を間近で見ているからだろうか。
 彼はスタッフに手を振って、二人分のオーダーを告げてからわたしに目を向けた。

「なんだか落ち着かないみたいだね。こういう店きらいだった?」

 彼らしくないしっとりとした眼差しと声に、少し違和感を感じながら首を振った。
 図書館では隣に座っていたからだろうか。それともこの店の照明が暗いからだろうか。目の前にいて、わたしに話しかけてくる彼はいつもより落ち着いて見えた。

「大丈夫。で、相談って? どういう相談?」

 理由の分からない動悸をごまかすように、話を無理やり彼の相談事に持ち込んだ。

「ん~、じつは相談なんてないんだ。相談にのって、とか言ってみたら、ついてきてくれるかなあって思って~」

 彼は、腕を組んでふふふっと悪戯気に笑う。

「え?」

「だからさ、ねーさんのいつも読んでる本見てて、カウンセラーさん?とかになりたい人のかなあ~って思ったワケ。で、ただお茶に誘っても来てくれなさそうだけど、相談があるって言えば研究心から来てくれるかなってね~」

「はああ?」

「いいじゃん、こうでも言わないとお茶つきあってくんないでしょ。絵本借りてもらったお礼に、おごらせて」

 へらっと笑った彼に、わたしは目が点になった。
 見た目だけじゃなく、頭の中までハレーションを起こしているのだろうか。高校生にまんまと騙されてしまった自分に、自然とため息が出てしまう。スタッフが運んできたコーヒーに黙って口をつけると、もう一度深いため息をついた。

「ごめんって~。あ、でも、じゃあ恋の相談に乗ってくれる?」

「恋…の?」

 彼のその言葉を聞いた途端、わたしの胸のあたりを鈍重いなにかが走った。
 確かに高校生といえば恋愛に一番興味がある年代だろう。しかも目の前の男子は明るく人懐こい性格だ。恋の相談が一つや二つくらいあってもおかしくない。
 けれど、どうしてだろう。気持ちが一瞬で下降したことを感じる。今はその相談を聞きたくない自分がいたが、感情を誤魔化すようにわざとテンションをあげた。

「うん、いいよ。恋でも何でも相談に乗ってあげる。ただ、あまり恋愛経験ないから力になれないかな~なんて。でもちゃんと聞くから」

 なぜか多弁になり、言わなくてもいいことを話している。
 そうしないと胸に引っかかっている鉛のようなものに、まともに向き合ってしまいそうだったからだ。
 わたしは、とにかく頭を切り替えることにし、これまで実技で学んだカウンセリング技法の聞く姿勢を保って、彼を一相談者として扱うことに専念する。

 だが、目の前の彼は少し考え込むように視線を落とすと、ポケットから煙草を取り出して火をつけた。

「ちょっと!」

 思わず反射的に椅子から腰を浮かせ、その煙草を取り上げた。

「未成年でしょ!」

「え…?」

 わたしの行動に目を丸くして固まっている彼を、思い切りにらみつけた。
 百歩譲って彼の非凡人さは許したとしても、法に反することは許せない。堅物だと言われようと、目の前での未成年喫煙は放っておけなかった。