にほんブログ村 小説ブログ 人気ブログランキングへ

恋愛小説「極彩パラノイア」7

恋愛マニュアル2

 午後七時。
 重い足をひきずるように、約束の待ち合わせ場所に向かって歩いていた。
 わたしの家から十分少し歩くと地下鉄の駅がある。駅前には商店街があり、チェーンの居酒屋やファストフードなどが並んでいた。その裏路地にある落ち着いた無国籍料理店が燈子の指定してきた店だった。待ち合わせ場所が徒歩圏内ということが唯一の救いだ。

 彼女が紹介してきた男性は三歳年上の公務員で名前を田崎という。彼の住んでいるマンションがわたしの家の近所だということが一番の推薦理由なようだ。

『家も近いし、睦月に似合う人だと思うの』

 きっとあの言葉は、頭の堅いわたしには、お堅い公務員が似合うという意味なのだろう。
 ほんの十数分なのだが、何十分も歩いてきたような気分になる。
 燈子に、店の前に着いたら電話するようにと彼の番号を教えられていた。気が乗らないままに電話すると、コールの途中で店のドアが開き、一人の男が顔を覗かせた。

「睦月さん?」

「はい…」

「田崎です。どうぞ」

 彼はドアを大きく開けて、わたしに中に入るようにと微笑んだ。
 タイトなスーツ姿に、細いグレーフレームの眼鏡をかけた彼は、少しお洒落な公務員といった風貌だ。
 店の中に入ったわたしは、彼にカウンターの一番奥の席を案内される。

「ごめんね。今日は仕事だったから固い格好だけど気にしないでね」

 穏やかに笑みながら自然にエスコートしてくる。
 いやみのない大人な振る舞いの彼に幾分かほっとして席についた。南国のリゾートホテルをイメージした店内は、ほぼ満席状態で賑わっている。

「食事は適当に頼んでおいたから、ドリンクだけ決めてくれる?」

「あ、はい。じゃあ、生ビールください」

「了解」

 彼は、ちょうど後ろを通ったスタッフに生ビールをオーダーした。
 はじめて紹介された女子がいきなり生ビールにがっつけば、興ざめもするだろうと思ったのだが、意外と何も感じていないようだ。しかも、スタッフが運んできた生春巻きを、手早く小皿に取り分けて手渡してくれる。

「どうぞ」

「ありがとうございます」

「あ、次から自分で取ってね」

 優しい瞳で笑った。
 彼は奥二重のすっきりとした瞳を持っているが、笑うと目尻が下がって可愛らしい。

「今日は急だったけれど、大丈夫だった?」

「はい、大丈夫です…」

 燈子に強制されて来たとは言えるはずもない。

「急がなくても休みの日で良かったんだけれどね。そうすれば昼間に映画観てご飯食べて、ドライブとかできるでしょ」

 デートの王道といった流れだ。
 公務員の彼が考えそうなことだと心の中で苦笑いした。だが、彼との空間は想像していたよりもずっと楽なものだった。運ばれてきた生ビールも、気遣いなく平気で口にできる。やはり年上だけあって包容力があるのかもしれない。

「田崎さんはどうして燈子に紹介を頼んだんですか? 彼女なんてすぐにできるんじゃないですか?」

 焼酎に口をつけていた彼は、わたしを見てくすりと笑った。

「感情が入ると相手を見極める判断力が鈍るからね。信用できる友人の推薦が確実かと思ってね」

 ごもっとも。大人な意見だった。
 結局彼は、情熱ではじまる愛の関係を求めているのではなく、愛するに値する人を求めているのだろう。さすが、職業に公務員を選んだ人の冷静で確かな考え方だ。ここまで理性的な考えでパートナーを探せるということに、ある意味尊敬の念を持って彼を見つめた。

 彼と過ごす時間は思いのほかはやく過ぎていく。役所仕事の内容や、休みの過ごし方などをわたしを飽きさせないように上手に話す。他愛ない会話が自然と流れている感じだ。彼は人との空間をスムーズに保てる人で、一緒に居て普通に心地よかった。

「ビールおかわりしていいですか?」

 空きっ腹に飲んだからだろうか、生ビール一杯で少し気分が良くなってしまっていたわたしは、調子に乗りすぎかなと思いながらも田崎に断りを入れる。「どうぞ」と愛想いい笑顔が返ってきたことを確認してから、スタッフを探して手を上げた。だが、土曜の忙しい時間帯に客の対応に追われているスタッフを捕まえるのは至難の技だった。

 キョロキョロと辺りを見回していたそのとき、ちょうどカウンターに案内されてきた客らしき人物に、ふと視線が奪われて二度見してしまう。
 鮮やかすぎる配色ー。
 その色が目に入った瞬間、それまでアルコールでふわふわっとしていた頭が、音を立てて冷静に戻っていくのが分かった。

 瞬きを数回してみたが、視線の先の極彩色加減は消えない。

 どうして??

 そこには、たしかに見覚えのあるオレンジ色の頭があった。

 赤いロングTシャツの上に黄色の半袖シャツをはおって、迷彩カーゴを履いている人物が立っている。その色彩感覚は、いまだかつて一人にしか出会ったことがない。
 慌てて顔を逸らそうとしたが、後ろにいた女子に自然と目がいった。ベリーショートな金色の髪に、つなぎのミニスカートを着た個性的な雰囲気。くるっとした瞳が印象的で、彼と並んでも違和感はない。

 その二人を認識すると、胸に重い塊が落ちるような嫌な痛みに襲われた。

 さすがに見入りすぎていたわたしは、田崎の影に隠れようとしたが、その直前にハレーション男子の視線を感じた。

 最悪、だ。

 彼はこの近所に住んでいるとでもいうのだろうか。
 小さなこの地域ではたまたま顔を合わせることもあるだろうが、一番見られたくない状況で、しかも見たくない光景に出会ってしまった。

「どうかした? ビール注文するんじゃないの?」

 いきなり身を縮めた様子が奇妙だったのか、田崎は不思議そうに聞いてくる。

「あ、はい…」

 小声で答えると、わたしの代わりに彼はスタッフを見つけてオーダーをしてくれた。
 その間に、ハレーション男子達は隣の田崎から二席向こう側に座った。